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『新編高崎市史 資料編8 近世4』(社会・文化)

新編高崎市史資料編8

刊行情報

A5版 本文1029ページ 平成14年刊行

目次

第1章 災害と騒動

第1節 災害
解説
1 火災
 1  正徳5年正月  碓氷郡中豊岡村峯岸家火事見舞帳
 2  寛政10年正月  高崎城下本町より出火記録
 3  享和3年閏正月  高崎城内家老長坂六郎家屋敷屋根より出火記録
 4  天保5年10月  群馬郡西貝沢村伊勢五郎、不動寺へ火元入寺につき届
 5  天保12年6月  片岡郡石原村石昌寺焼失記録
 6  嘉永6年12月  群馬郡江木村甚右衛門、真楽寺へ火元入寺につき届
 7  安政3年5月  倉賀野宿大火書上
 8  自文久2年2月至文久2年5月  大火により御家中焼失、灰片付人足等につき廻状
 9  文久2年4月  群馬郡下小鳥村名主太兵衛、本町より出火の節格別の働きにつき褒美申渡書
 10  元治2年2月  倉賀野宿鎮守における鎮火祭執行記録
 11  年次不詳  倉賀野宿出火類焼家等覚書
2 風水害・早魃
 12  寛保2年8月  大満水の次第書上
 13  享和2年6月  大雨・大風による被害記録
 14  享和3年8月  大嵐・降雹記録
 15  文化13年閏8月  大風吹き家吹潰しにつき御救麦下される
 16  文化14年  大日照りにより御手当米下される
 17  文政3年5月  長雨降り麦・蚕被害記録
 18  文政4年  大旱魃記録
 19  天保4年8月  大風により困窮記録
 20  天保8年  穀物値段高騰記録
 21  弘化3年9月  大洪水による舟運等被害状況記録
 22  安政3年8月  倉賀野宿大風雨による家・物置等被害書上
 23  安政6年7月  烏川・鏑川洪水記録
3 浅間焼け
 24  天明3年8月  群馬郡中大類村砂捨て場などにつき願
 25  天明3年9月  群馬郡滝村砂降り難儀につき慈悲願
 26  天明3年9月  群馬郡西横手村浅間焼けによる被害状況書上
 27  天明3年9月  群馬郡中大類村浅間焼け・長雨により不作につき倹見願
 28  天明3年秋  癸卯災異記
 29  天明3年11月  群馬郡上小鳥村新田年貢割付状
 30  天明3年11月  群馬郡上小鳥村年貢割付状
 31  天明4年2月  群馬郡滝村堰浚人足賃拝借願
 32  天明4年9月  群馬郡滝村において新規百姓5軒取立のため金拝借願
 33  天明6年6月  浅間焼けにより破損した植野堰の御普請負担割合につき訴訟一件済口証文
 34  天明7年8月  群馬郡中里村田方砂置場引歩帳
 35  寛政5年4月  群馬郡下滝村善兵衛拠出金利分を以、矢中村潰百姓跡株取立仕法につき一札
 36  寛政9年10月  群馬郡下小鳥村砂置御手当米調帳
 37  年次不詳  群馬郡西横手村砂降り及び火石・泥押入による潰地書上
 38  年次不詳  群馬郡西横手村火石泥砂押上場所絵図
4 備荒・救済
 39  宝永元年9月  群馬郡下滝村社倉由来書
 40  寛政元年7月  群馬郡下滝村名主善兵衛、急難に備え貯穀並びに手当置金の仕法につき覚書
 41  寛政4年4月  群馬郡矢中村退転百姓名前書上
 42  寛政8年10月  群馬郡下滝村村方貯穀書上帳
 43  天保2年2月  群馬郡中里村手余地書上帳
 44  天保9年3月  群馬郡行力村郷蔵普請入用帳
 45 文久2年4月 高崎藩領分村々貧民助成・産育手当貸付金積立仕様帳
 46  文久3年  群馬郡上小鳥村極貧窮人拝借米返納年延願
 47  元治元年3月  群馬郡上佐野村貧窮人取扱米割合書上帳
 48  元治元年5月  群馬郡和田多中村貧窮人御救助米調帳
 49  元治元年10月  群馬郡和田多中村御救助米割渡し帳
 50  慶応2年6月  群馬郡下小鳥村極貧窮者取調書上帳
 51  慶応3年6月  村々貯穀囲蔵修復入用につき岩鼻役所より触写
 52  慶応4年3月  群馬郡八幡原村窮民救助につき奇特人・窮民連名帳
 53  明治3年7月  片岡郡石原村郷蔵修復につき、松木10本下さる様願
 54  明治3年9月  岩鼻県下へ窮民救育のため養豚場取建につき達書
 55  明治3年10月  烏川等出水により困窮につき、群馬郡下小塙村金・麦拝借願
 56  明治3年12月  高崎藩領分村々不熟につき拝借米願
 57  明治3年12月  高崎藩領分村々不熟につき拝借米請書
 58  明治3年12月  高崎藩領分村々不熟につき拝借米借用証文
 59  年次不祥  高崎藩領分村々極貧窮の者取調の沙汰につき廻状
 60  年次不詳  上郷村々極貧窮の者共へ救助致し方につき廻状
5 荒地・治水
 61  天明3年8月  碓氷郡下大島村石高・反別書上
 62  年次不詳(天明4年カ)  大信寺寺領砂除一件につき書上
 63  文政5年7月  群馬郡八幡原村内井野川・烏川合流地点の畑流失につき引歩願
 64  文久3年4月  群馬郡下飯塚村町作分高崎城下磐打町勧農地田畑取調控
 65  慶応4年9月  群馬郡八幡原村田方水腐場立毛内見合附帳
 66  明治3年12月  群馬郡下小塙村土砂入潰地取調書上帳
 67  年次不詳  大信寺寺領砂除につき願

第2節 騒動
解説
1 一揆・世直し・騒動
 68  元和3年正月  群馬郡下小鳥村農民惨殺事件
 69  明和2年正月  吉井河原での寄合につき報告書
 70  明和2年正月  曽木河原での寄合につき報告書
 71  明和2年正月  高崎助郷24ヶ村の動静報告書
 72  明和2年正月  吉井宿の動静報告書
 73  明和2年正月  村々惣代が高崎宿問屋場へ罷出るを差留めるべきか伺い書
 74  自安永9年9月至天明元年8月  絹運上騒動荒増記録
 75  天明元年8月  絹運上百姓騒動記
 76  天明元年8月  高崎城下新町大黒屋襲われる
 77  天明元年9月  絹運上騒動につき改料用捨の歎願書その他写し
 78  天明元年9月  群馬郡元総社村より騒動に加わりの者無き旨の請書
 79  天明元年11月  絹運上騒動一件につき概略書留
 80  天明3年10月  高崎領農民年貢減免一揆
 81  慶応2年6月  高崎・安中両藩岩鼻陣屋へ出陣
 82  慶応2年6月  徒党高崎町接近につき触書
 83  慶応2年6月  新町宿と藤岡町の打ちこわし
 84  慶応2年6月  打ちこわしの原因は生糸運上
 85  慶応4年2月  所々打ちこわしにつき高崎藩兵出動
 86  慶応4年2月  高崎領内不穏につき外出禁止令
 87  慶応4年3月  箕輪村打ちこわしにつき高崎藩兵出動
 88  慶応4年3月  村々騒立につき岩鼻陣屋警衛の手当金受取
 89  慶応4年3月  世直し一揆煽動者取調命令
 90  慶応4年3月  徒党禁止につき東山道総督府布告
 91  慶応4年3月  打潰騒動中日記
 92  自文久2年2月至明治元年9月  高崎城下新町御伝馬相続差支につき歎願書付写
2 五万石騒動
 93  明治2年10月  群馬郡下小塙村畑方永納・田方延口米減免などにつき願
 94  明治2年10月  群馬郡村々騒動につき処置伺い
 95  明治2年10月  群馬郡江木村など6ヶ村惣代より、政府との年貢減免交渉報告につき廻状
 96  明治2年10月  高崎藩農民願の義、1ヶ年限り御聞き届けにつき御達写
 97  明治2年10月  強訴の頭取の処置伺い書
 98  年次不詳(明治2年10月カ)  上・西・下3郷31ヶ村直訴状下書
 99  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡筑縄村傘連判状
 100  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡菊地村傘連判状
 101  明治2年10月  群馬郡上小塙村傘連判状
 102  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡楽間村傘連判状
 103  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡上小鳥村傘連判状
 104  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡北新波村傘連判状
 105  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡上飯塚村傘連判状
 106  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡南新波村傘連判状
 107  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡大八木村傘連判状
 108  年次不詳(明治2年10月カ)  群馬郡下小鳥村傘連判状
 109  明治2年10月  群馬郡浜川村傘連判状
 110  明治2年11月  1ヶ年限りの減免では難渋につき岩鼻県宛歎願書
 111  明治3年2月  頭取処刑につき市政局触書
 112  明治3年2月  惣代の処刑執行につき請書
 113  明治3年10月  民部省へ越訴した61ヶ村惣代2名に対する助命歎願書
 114  明治3年  群馬郡4郷50ヶ村惣百姓より、畑方永納・田方延口米減免につき高崎知事役所宛歎願書
 115  年次不詳  群馬郡上小塙村畑方永納願

第2章 世相と生活

第1節 家
解説
1 相続
 116  元禄9年3月  群馬郡下滝村久次郎母隠居免の畑の配分につき手形
 117  宝暦13年正月  倉賀野河岸問屋須賀家家督譲渡目録
 118  安永6年2月  群馬郡八幡原村三右衛門病死につき、世倅三之丞を元右衛門と改名し百姓役願
 119  寛政8年3月  群馬郡下滝村勝之助病身につき、倅七郎兵衛に百姓株相続願
 120  寛政12年5月  群馬郡下滝村三右衛門後家みつ、跡式相続の者無く家出につき詫状
 121  文化4年正月  群馬郡浜川村彦兵衛方跡式相続養子引取証文
 122  天保2年6月  長井彦右衛門遺言状
 123  嘉永2年正月  群馬郡柴崎村米右衛門家内4人、中里村徳兵衛跡式相続につき人別送り一札
 124  嘉永7年3月  群馬郡上大類村百姓つね吉ら4人、中里村へ相続人に差遣しにつき人別送り一札
 125  明治3年12月  政兵衛後家きみ、夫・養子共に病死し、永七夫婦を相続人に貰受の処、不行届につき詫状
 126  年次不詳(明治4年11月カ)  宮崎家家督相続につき達
2 縁組・離縁
 127  享保17年8月  緑埜郡鮎川村藤左衛門姉、姪を差添え群馬郡八幡原村平七女房に縁組につき人別送り一札
 128  享保17年10月  群馬郡岩鼻村庄助、八幡原村十兵衛婿養子に差遣す処女房相果、帰村につき人別送り一札
 129  延享3年2月  群馬郡大久保村組頭次右衛門抱兵右衛門、上滝村全右衛門跡式養子につき人別送り一札
 130  宝暦7年8月  越後国大田村はや、群馬郡中大類村仁右衛門方へ養女証文
 131  宝暦9年9月  群馬郡八幡原村権兵衛妻不縁につき荷物請取覚
 132  宝暦9年9月  群馬郡八幡原村権兵衛女房離縁、兄引取につき人別送り一札
 133  安永7年2月  群馬郡下滝村伝兵衛弟、綿貫村平七婿養子に縁組につき人別送り一札
 134  天明7年2月  群馬郡下滝村■兵衛娘、不縁にて立帰り、元総社村へ縁付につき証文
 135  天明7年3月  離別の妻より出生した子の引取方等につき問合
 136  寛政5年3月  武州児玉郡小茂田村伝七、群馬郡八幡原村勘十郎婿に差遣すにつき請合証文
 137  寛政8年8月  群馬郡南下村与右衛門女房離別につき、下滝村善兵衛預かりの者かのを女房にしたく願
 138  文化8年3月  群馬郡八幡原村群蔵、下滝村へ養子縁組の処、不縁により立帰りにつき人別送り一札
 139  文政10年2月  高崎城下鍛冶町惣吉娘たか、岩五郎妻に縁組の処、家出一件
 140  天保6年  群馬郡八幡原村義兵衛身持放埓につき勘当・帳外願
 141  天保10年3月  群馬郡西貝沢村作兵衛娘とき、綿貫村庄三郎女房へ縁付につき人別送り一札
 142  天保10年6月  群馬郡綿貫村庄三郎女房とき離縁につき三行半
 143  明治4年9月  群馬郡中泉村縁談取縺れにつき訴状
 144  年次不詳  群馬郡下斎田村喜蔵女房やす縁組につき結納金預かり覚
 145  年次不詳  斎藤粂右衛門三女再縁組願
 146  年次不詳  斎藤粂右衛門三女再縁組許可書
3 奉公人
 147  宝暦10年2月  群馬郡中大類村年季奉公給金請取手形
 148  安永3年9月  群馬郡板井村八之助、倉賀野宿飯売下女きよ誘出し一件につき済口証文
 149  安永4年11月  群馬郡上滝村奉公人喜右衛門不届につき詫状
 150  安永6年2月  群馬郡下滝村奉公人譜代帳
 151  天明6年3月  群馬郡八幡原村奉公人亀次郎欠落につき給金返済証文
 152  文化11年6月  倉賀野宿下女奉公人過人数の者引取につき請書帳
 153  文政7年8月  越後国三島郡小島谷村ちい、倉賀野宿飯売下女年季奉公人請書
 154  天保7年8月  群馬郡八幡原村平吉不奉公につき給金返金証文
 155  天保12年閏正月  群馬郡中尾村にて越中国新川郡津和田村奉公人きん・由五郎病死、国許遠路につき取置願
 156  嘉永元年9月  越後国蒲原郡一ノ木戸きん、倉賀野宿飯売下女年季奉公人請状
4 家出
 157  明和5年  群馬郡八幡原村才二郎、村内の娘と家出の後離別につき内済証文
 158  天明2年6月  群馬郡下滝村百姓文七家出につき届
 159  天明2年7月  群馬郡下滝村百姓文七家出尋につき、島野村より返答書
 160  天明2年9月  群馬郡下滝村百姓文七家出、50日限にて尋ねるも行方知れざるにつき届
 161  天明3年3月  群馬郡下滝村百姓文七家出につき、弟文助へ跡株願
 162  天明3年4月  群馬郡下滝村百姓文七家出、跡株を弟文助方へ仰付られるにつき一札
 163  寛政4年6月  群馬郡下滝村百姓文七家出、さらに跡株相続の弟文助家出につき届
 164  寛政9年11月  群馬郡下滝村百姓久兵衛一家家出尋につき、東国分村より返答書
 165  文化6年3月  天田善兵衛店五兵衛大金使い込み欠落につき、女房せき引請証文
 166  文化6年4月  天田善兵衛店五兵衛欠落の節、群馬郡上滝村新右衛門方へ預け置きの銭善兵衛へ返却につき一札
 167  文化7年3月  群馬郡下滝村若者家出尋一件につき一札
 168  文化11年10月  群馬郡八幡原村弥助家出につき届
 169  文政2年5月  高崎城下連雀町名主七郎右衛門、借金により年貢米使い込み出奔記録
 170  文政7年7月  群馬郡中里村勘五郎借金により家出し緑野郡中村にて日雇稼の処、引き戻しにつき届
 171  天保3年10月 銚子領の百姓家出の際の取計方につき書上
 172  天保14年2月  郡奉行支配足軽出奔につき届
 173  嘉永元年4月  群馬郡東貝沢村吉五郎家出の処、先非を後悔し生村へ立戻りたきにつき帰帳願
 174  明治元年10月  群馬郡上小鳥村源右衛門、家出の後改心し先非を後悔の為帰帳願

第2節 世相・生活
解説
1 博徒・無宿・博奕
 175  寛保3年12月  群馬郡八幡原村において博奕打の者無き旨などにつき届
 176  天保9年  倉賀野宿又六、手配の無宿人を差押え代官手代へ差出につき褒美申渡
 177  天保12年10月  片岡郡石原村地内にて無宿龍助手疵を負い候一件口書
 178  天保15年12月  群馬郡中大類村佐之七博奕催し逃亡、行方不明につき除帳願
 179  安政5年3月  群馬郡八幡原村にて無宿人病気につき介抱一件届
 180  安政5年4月  群馬郡八幡原村にて無宿人病死につき見分願
 181  安政5年5月  群馬郡八幡原村にて無宿人病死、検使見分のうえ下知につき請書
 182  慶応4年7月  博徒・賊徒徒党し押借・強談一件につき説得帳
 183  明治3年正月  群馬郡八幡原村百姓茂平他6名、福引を行い召捕えられ入牢につき御憐愍御沙汰願
2 祭礼
 184  寛保3年8月  倉賀野宿八幡祭礼出し物番付届
 185  文化7年10月  碓氷郡上豊岡村日待祭礼順番取極め連印書
 186  文化8年正月  上郷組の内13ヶ村年番日待踊取極め
 187  文化11年4月  日待踊につき廻状並びに榛名山太々納方覚
 188  文政3年8月  群馬郡西貝沢村鎮守祭礼につき獅子舞踊願
 189  文政8年7月  獅子太鼓1組注文請書
 190  嘉永5年3月  片岡郡石原村鎮守小祝明神祭礼につき神楽修行願
 191  安政2年正月  倉賀野宿道祖神祭礼につき高崎役所触書
 192  万延元年9月  群馬郡行力村鎮守祭礼獅子舞入用帳
 193  万延2年  群馬郡八幡原村仕来村立替物覚
 194  慶応3年5月  片岡郡石原村祭礼手当金下渡願
 195  明治2年2月  王政御一新により手踊許可につき上郷組手踊組合村取極め帳
 196  明治4年3月  碓氷郡中豊岡村手踊り役割り帳
 197  明治4年7月  群馬郡八幡原村鎮守八幡大神祭礼年番宿並びに世話人順帳
 198  明治4年9月  群馬郡八幡原村鎮守八幡大神祭礼入用割合帳
 199  明治4年11月  倉賀野宿神庫建築手伝連名帳
 200  年次不詳  倉賀野宿八幡祭礼番付届
3 祈願
 201  文政8年6月  群馬郡柴崎村天王社豊熟祈祷につき出張願
 202  天保11年9月  殿様不快につき群馬郡新後閑村金毘羅宮において全快祈祷願
 203  弘化2年6月  日照につき倉賀野宿において雨乞記録
 204  嘉永2年3月  群馬郡下飯塚村において痢病流布につき悪魔払願
 205  嘉永3年3月  碓氷郡下豊岡村若宮八幡宮豊熟祈祷獅子舞入用内訳
 206  嘉永6年6月  倉賀野下町諏訪大明神における雨乞祈念記録
 207  安政5年  倉賀野宿におけるコロリ疫神遷却神事記録
 208  安政7年3月  倉賀野宿豊熟祈祷諸入用控帳
 209  文久元年6月  榛名山雨乞登山始末控
 210  慶応元年閏5月  雨天続きのため大染寺・石上寺において快気祈祷を行うにつき達
 211  明治2年3月  豊熟祈祷5ヶ郷村々人別帳
4 参詣
 212  安永2年3月  群馬郡貝沢村不動寺旦那惣八、坂東巡礼につき往来手形
 213  文化4年2月  群馬郡稲荷新田村文左衛門、諸国行脚につき往来手形
 214  文政8年3月  江戸勝林寺旦那伝次郎、京都本願寺参詣・諸国神社仏閣巡拝のための往来手形写
 215  天保5年正月  榛名山・峠山へ定例代参につき廻状
 216  自弘化2年9月至平成12年11月  高崎城下新町三峯山代参講、初穂料等請取証
 217  嘉永2年正月  伊勢・奈良・金毘羅山など見聞日記
 218  嘉永5年閏2月  倉賀野宿須賀庄兵衛四国巡りにつき道中入用控
 219  嘉永5年12月  群馬郡下小鳥村梅山直吉ら伊勢参宮につき餞別・土産物書上帳
 220  嘉永5年12月  群馬郡下小鳥村梅山直吉ら伊勢参宮につき道中記
 221  安政4年5月  群馬郡江木村真楽寺檀家弁之助、諸国堂場仏閣参詣巡行につき往来手形
 222  慶応元年6月  群馬郡西貝沢村米蔵、信濃国善光寺参詣につき横川関所鑑札頂戴願
 223  慶応3年正月  日光参詣につき道中記
 224  年次不詳  群馬郡西貝沢村伊勢御初穂帳
 225  年次不詳  群馬郡下斎田村伊勢御初穂帳
5 湯治
 226  文化7年7月  群馬郡下芝村出家、沼田・川端の湯へ入湯につき通行手形
 227  天保11年7月  群馬郡西貝沢村名主次郎右衛門疝気につき川原湯入湯願
 228  嘉永元年8月  四万湯本湯治費用書上
 229  嘉永3年正月  倉賀野宿問屋年寄須賀庄兵衛、癪気につき箱根入湯願・添書並びに伊勢参宮・金毘羅参詣届
 230  嘉永3年8月  片岡郡石原村名主山口太郎平眼病治療のため草津入湯願並びに江戸滞在日延願
 231  嘉永7年8月  倉賀野宿問屋年寄須賀喜太郎、癪気につき信州渋温泉入湯願
 232  文久2年閏8月  片岡郡石原村名主山口太郎平眼病につき草津入湯願
 233  明治2年6月  高崎城下田町問屋大谷三右衛門川原湯入湯願
6 褒賞・救恤
 234  文化5年8月  群馬郡下滝村奇特人書上帳
 235  嘉永2年6月  群馬郡下飯塚村定次郎方にて男子出生につき石上寺へ産育施し願
 236  安政3年正月  群馬郡下飯塚村産育施し受取証文
 237  安政5年12月  群馬郡下小鳥村組頭太兵衛、孝心奇特により褒美を下されるにつき諸色控帳
 238  万延2年正月  片岡郡石原村組頭市郎右衛門、初納皆済褒美として鍬1丁下される
 239  文久2年閏8月  80歳以上の者に下された銭につき群馬郡八幡原村請書
 240  文久3年4月  群馬郡下飯塚村源次郎方双子出生届並びに出役見分につき請書
 241  文久3年12月  群馬郡下飯塚村房吉農業出精につき届
 242  慶応2年9月  群馬郡下小鳥村あて御救麦につき達
 243  慶応3年7月  群馬郡中里村請負夫銭・臨時夫銭・入草・捨子入用割合取立帳
 244  明治3年11月  群馬郡下小鳥村又吉女房出産につき養育金受取書
7 寺子屋
 245  享和3年正月  倉賀野宿寺子屋手習門弟帳
 246  文化10年正月  群馬郡西貝沢村寺子屋門人帳
 247  文政8年3月  群馬郡中大類村高井仁右衛門へ弟子入りにつき起請文
 248  天保2年2月  高井仁右衛門墓誌銘
 249  天保14年3月  高崎往来
 250  自嘉永元年10月至嘉永4年正月  碓氷郡上豊岡村飯野家手習中諸事控
8 年中行事
 251  安永9年10月  閭里歳時記
 252  天明2年4月  高崎城下田町設楽家年中行事に関する飾り物絵図
 253  文政13年正月  緑埜郡阿久津村川鍋家万事覚
 254  文久2年正月  碓氷郡上豊岡村飯野家年中行事雑記
9 世相
 255  嘉永2年11月  倉賀野宿庚申待鬮割
 256  嘉永6年正月  小児共の往来の者より銭ねだり取るなどの所業につき関東取締出役より諭達
 257  安政7年3月  群馬郡中尾村頼母子金借用証文
 258  年次不詳  高崎城下本町頼母子笑講仕法
 

第3章 宗教

第1節 寺院と寺院組織
解説
1 大信寺
 259  慶長11年9月  不残上人の学業と紫衣成
 260  年次不詳(元和3年8月カ)  大信寺への入寺につき不残上人書状
 261  元和3年10月  不残上人遷化につき増上寺源誉上人書状
 262  慶安2年10月  大信寺別時道場法度
 263  慶安2年10月  大信寺別時結衆順番
 264  寛文5年12月  徳川忠長三十三回忌法事次第
 265  寛文9年7月  不残上人紫衣成遺物寄付状
 266  元禄8年8月  大信寺由緒並びに什物等書上
 267  正徳4年11月  大信寺門前住人の役負担申付
 268  享保17年5月  大信寺へ田畑永代寄付証文
 269  宝暦9年4月  勢州松坂樹敬寺から大信寺へ寺送り証文
 270  文化6年7月  大信寺へ檀方加入願
 271  文政5年閏正月  群馬郡下和田村御朱印地の御領分並取扱願
 272  年次不詳  高崎大手門内乗輿願
2 慈眼寺
 273  寛文4年10月  慈眼寺僧徒に対し21ヶ条規定書
 274  元禄8年3月  古義一派法談について取り決め
 275  元禄8年 沼田領古義一派への覚書
 276  享和元年3月  灌頂僧名帳
 277  享和2年10月  慈眼寺配下寺院の格式覚
 278  文化5年正月  慈眼寺寺役勤方につき覚書
 279  弘化3年5月  慈眼寺末寺後住決定権に関わる願書
 280  弘化4年5月  葬式出入につき慈眼寺返答書
 281  年次不詳  慈眼寺無住となり管理方注進
3 清水寺
 282  宝永2年12月  高崎藩から清水観音御供料寄進証文
 283  宝永7年6月  藩主転封後も清水観音御供料に変更なき旨御達
 284  自明和5年至文化12年  片岡郡石原村清水寺記録
 285  文政7年3月  清水寺神楽殿屋根の銅葺請負証文
 286  文政9年5月  拝殿屋根銅葺代金支払い難渋につき訴訟願書
 287  自安政3年至安政4年4月  千手観音御開帳覚書
 288  安政6年6月  清水寺住職寺院経営につき始末書上
4 不動寺
 289  寛文13年6月  護摩堂の慈眼寺末寺当否をめぐる訴訟返答書
 290  寛文13年8月  護摩堂を末寺と主張する緑埜郡木部村安楽寺より訴訟願書
 291  寛文13年9月  慈眼寺末寺と主張する護摩堂側の返答書
 292  元禄2年正月  群馬郡貝沢村護摩堂由緒書
 293  宝永4年正月  高野山無量寿院より慈眼寺末寺へ申渡書
 294  寛延4年8月  役寺8ヶ寺の不忠節につき慈眼寺より訴訟願書
 295  明和4年5月  群馬郡貝沢村不動寺住職歴代相続記
 296  明和4年5月  不動寺17世良治の事績

第2節 神社と神職の活動
解説
1 高木家文書
 297  寛延3年  倉賀野宿諏訪大明神・雷電宮御除地について奉行所宛倉賀野町禰宜高木左近覚書
 298  天保7年6月  五人組離組につき寺社奉行宛倉賀野宿飯玉明神神主高木織衛ら口上書
 299  慶応4年9月  倉賀野宿諏訪大神等へ高木雅楽を神勤させたき旨、弁事伝達所宛神主高木出雲口上書
 300  慶応4年9月  王政復古により山名村八幡宮の神事を回復したき旨、弁事伝達所宛神主高木和泉口上書
 301  明治2年正月  御一新につき神祇道信仰のもの誓詞議定書
 302  明治2年4月  御一新につき邪宗門改めを社家がおこないたき旨、神祇官事務宛倉賀野神社神主高木出雲建言書
 303  明治2年7月  倉賀野宿住の2人についた野狐宛退散神勅
 304  年次不詳  御一新につき飯玉大神祭礼ほかについて弁事伝達所宛神主高木伊織願書
2 矢口家文書
 305  慶安4年2月  碓氷郡八幡村八幡宮定写
 306  寛文5年7月  徳川家綱朱印状写
 307  元禄4年12月  碓氷郡八幡村八幡宮定
 308  元文3年2月  八幡宮別当神徳寺へかかる訴訟につき寺社奉行宛社家冨賀津土佐・矢口丹波一札
 309  宝暦10年8月  八幡宮別当神徳寺と同宮禰宜・社人の出入内済につき寺社奉行宛禰宜・社人ら済口証文
 310  天明3年  八幡宮禰宜・下社人の先格を破る勤め方につき別当神徳寺訴状
 311  天明4年2月  八幡宮神前御番勤めにつき社家矢口丹波守宛勤人常7証文
 312  文政4年10月  八幡宮社家矢口丹波らの大聖護国寺離檀につき議定証文
 313  文政6年2月  神主号の停止につき八幡宮禰宜矢口丹波書付
 314  天保2年3月  神主号を仰せ付けられたき旨寺社奉行宛八幡宮禰宜矢口丹波願書
 315  天保2年4月  八幡宮附姓名書上
 316  天保2年8月 神事祭礼などの節の席順につき寺社奉行宛八幡宮神主・別当返答書
 317  天保5年11月  八幡宮神主矢口丹波らの訴えにつき寺社奉行宛別当神徳寺預かり称名寺真純願書
 318  天保10年11月  八幡宮修復議定書
 319  慶応4年6月 神仏分離につき社寺裁判所宛八幡宮神主矢口丹波ら願書
3 吉田家・白川家と神職
 320  文化9年9月  庭田家より降照神社祠官高井仁右衛門宛提灯寄進状
 321  文化12年4月  稲荷の神事につき吉田家配下神主宛群馬郡柏木沢村平吉差出し一札
 322  文化15年3月  僧侶・山伏・百姓が依頼する神楽につき吉田家役所宛神主山田播磨ら願書
 323  天保12年閏正月  上野国神職集会規定連印帳
 324  年次不詳  吉田家の正一位神階につき高井仁右衛門宛京都庭田家高坂頼母覚
 325  年次不詳  碓氷郡において神祇道取締につき碓氷郡社家宛吉田家出役宮川某廻状写
 326  年次不詳  瀧瀬主計を白川家神職に召し加えたにつき下斎田村村役人宛白川家家来新町宿瀧川大膳頼一札

第3節 諸寺社の動向
解説
1 諸寺社の動向
 327  慶安2年3月  片岡郡乗附村臨済宗普済寺朱印地につき奉行所宛住持尊栄願書
 328  元禄7年3月  臨済宗万年山普済寺年代之覚
 329  宝永7年5月  遊行上人役所より時宗沙弥宛掟書
 330  寛延3年12月  定家明神荘厳の順番変更につき古義真言宗西光寺宛群馬郡下佐野村当山派修験本学院一札
 331  寛延4年2月  片岡郡乗附村臨済宗普済寺梵鐘鋳造のため大般若執行届
 332  宝暦2年3月  群馬郡八幡原村古儀真言宗円福寺什物改帳
 333  宝暦2年12月  真言宗新古順席帳
 334  宝暦8年  群馬郡小鳥村蓮華院が新義真言宗大聖護国寺の末寺となるにつき一札
 335  宝暦11年8月  緑埜郡山名村時宗光台寺本堂普請注文書並びに請合証文
 336  安永6年3月  群馬郡上並榎村天台宗天龍護国寺掛物由緒覚書
 337  年次不詳(寛政9年3月カ)  群馬郡矢島村古義真言宗眼聖寺血脈
 338  享和元年2月  群馬郡下中居村古義真言宗発性寺明細書上
 339  天保9年7月  曹洞宗興禅寺高崎城内より移転願につき上申書
 340  天保14年5月  高崎城下新町普化宗清海寺籍帳
 341  安政3年3月  碓氷郡鼻高村天台宗福泉寺分限明細帳
 342  安政5年5月  群馬郡佐野村鎮守定家明神の社地立木進退につき別当出入一件
 343  文久2年10月  当山派修験本清寺一家の離檀を訴えるにつき、代官所宛古義真言宗長寿院願書
 344  年次不詳  寺院に女人を置かせざる旨、触書写
2 地域の人びとと寺社
 345  天和2年3月  群馬郡柴崎村桜井一統より下之城村曹洞宗徳昌寺へ浅間山寄進証文
 346  元禄14年8月  弟子が群馬郡上小鳥村の庵室の庵主になるにつき上小塙村大森院一札
 347  元文2年10月  群馬郡西島村浅右衛門より矢島村古義真言宗眼聖寺へ毘沙門堂・多聞天寄進状
 348  延享3年10月  群馬郡八幡原村社寺堂宇書上
 349  延享5年5月  開基・山号につき寺社奉行所宛群馬郡西横手村曹洞宗善勝寺願書
 350  延享5年6月  群馬郡西横手村曹洞宗善勝寺開基・山号の論争につき宿横手村喜左衛門ら返答書
 351  宝暦9年4月  緑埜郡山名村時宗光台寺の稲荷森の狐が女に取り憑くにつき稲荷森に宮差置願
 352  安永4年12月  群馬郡貝沢村古義真言宗不動寺7観音奉納供養記
 353  寛政11年2月  十一面観音などの別当につき東学院宛持ち主清五郎依頼状
 354  文化14年7月  碓氷郡豊岡村鎮守若宮八幡宮は村持ちの旨、上豊岡村村役人ら書上
 355  年次不詳  外宮御師三日市太夫次郎名代の高崎伊勢殿垣屋平太夫より寄付願(版)
 356  年次不詳  碓氷郡中豊岡村伊勢殿は内宮御師の旅宿の旨、内宮御師上野清大夫書上
 357  年次不詳  薬師如来修理注文請書
 358  年次不詳  弘法大師座像・箱厨子注文請書
3 維新期の寺社
 359  明治元年10月  群馬郡矢島村古義真言宗眼聖寺寺領の安堵につき上大類村同宗安楽寺願書
 360  明治2年7月  神仏分離につき上郷村々へ廻状
 361  明治2年8月  東西貝沢村鎮守の五霊太神宮の祭祀などを西貝沢村に委ねるにつき群馬郡小八木村天台宗妙典寺証文
 362  明治3年8月  群馬郡中尾村鎮守飯玉大明神の社務につき内済連印議定証文
 363  明治4年7月  群馬郡八幡原村八幡大神を村惣鎮守とするにつき連印議定書

第4節 修験場
解説
1 当山派修験
 364  寛文2年3月  不動免のかわりとして土地寄進につき、不動院あて群馬郡下京目村伝左衛門ら定書
 365  享保16年10月  不動院一家離檀につき不動院あて群馬郡矢島村眼聖寺一札
 366  延享3年4月  山号・寺号改につき当山派役所あて高崎城下徳蔵院触下不動寺ら5か寺一札
 367  宝暦9年2月  群馬郡台新田村浅右衛門を弟子にとるにつき当山派役所あて不動寺願書写
 368  天明元年7月  寿命院秀教の権大僧都職補任につき当山正大先達連判状
 369  天明4年8月  不動寺相続にあたり離袈裟につき持明院あて庚申寺円淳ら一札
 370  天明4年12月  和泉大明神を預かるにあたり群馬郡中京目村新兵衛あて不動寺覚書
 371  寛政12年7月  不動院清全の法印職補任につき当山正大先達連判状
 372  天保12年7月  不動院の院号職補任につき当山正大先達連判状
 373  天保12年7月  不動寺明清の法印大先達補任につき三宝院御教書
 374  明治2年7月  不動寺弟子太貫を和泉大明神に神勤させたき旨寺社役所あて不動寺届書
 375  明治2年10月  和泉大明神の神勤をめぐり取縺れにつき5京目村内済議定書
 376  弘化4年7月  庚申寺蔵版折り本庚申大青面金剛尊縁起(版)
2 本山派修験
 377  宝暦10年2月  群馬郡八幡原村宝泉寺の支配替えにつき、群馬郡大友村年行事長見寺差出し一札写
 378  安政2年10月  勢多郡萩原村宮本院の国中配札につき、群馬郡大友村年行事長見寺あて群馬郡八幡原村宝泉寺ら請書
 379  安政4年7月  熊野牛王配賦につき群馬郡大友村年行事長見寺役者差出し印影
 380  文久元年8月  群馬郡日高宿粂吉ら持ち新堀稲荷大明神の幣帛注連曳を群馬郡西国分村大蔵坊がするにつき議定一札
 
第5節 信仰の諸相
解説
 381  寛永18年5月  愛宕秘法
 382  文化13年3月  榛名山太々神楽銭覚
 383  文政5年6月  倉賀野宿須賀長太郎宛大杉社別当船印
 384  天保2年5月  葬式・墓碑・戒名等につき公儀より御触写
 385  天保7年4月  勧化・餌差・浪人者等へ合力銭の額につき取極め
 386  嘉永元年11月  高崎城下田町小川又四郎葬儀につき香奠帳
 387  年次不詳  飯玉神前に於て武運長久・豊熟祈祷太々神楽を行うにつき廻文

第4章 文化

第1節 文芸
解説
1 著述
 388  年次不詳(天明3年カ)  文月浅間記
 389  年次不詳(天保5年カ)  砂降記
2 漢詩
 390  文化13年8月  帰雲山房絶句鈔
 391  弘化3年  寒香園百絶
3 俳諧
 392  明和6年  平花庵春帖
 393  年次不詳(明和年間カ)  くさまくら
 394  安永4年4月  はいかい涅槃像
 395  年次不詳(文政年間カ)  俳家百人集
 396  天保3年  藍苔
 397  天保13年2月  清水寺参道芭蕉花の雲句碑建立願
 398  天保13年3月  花の雲
 399  安政2年  名家競
 400  安政5年  正風名家鑑
 401  安政6年  俳諧三十六友
4 和歌・狂歌
 402  安永5年4月  日光山紀行
 403  文化8年  自讃狂歌集
 404  文政10年  狂歌人物誌
 405  天保5年3月  上野歌枕
 406  安政4年3月  霞庵立雄居士追福狂歌合チラシ
 407  安政4年12月  霞庵居士追福狂歌合番付
 408  慶応2年4月  狂歌たての撰集

第2節 和算と医薬
解説
1 和算
 409  明和5年11月  古今算法記難問解義
 410  文化7年11月  八幡宮の算額
 411  安政7年3月 八幡宮の算額
 412  年次不詳  下小塙天満宮奉納算額題の解義
 413  年次不詳  算術書
 414  年次不詳  地方算法書
 415  年次不詳  量地扇面用法
 416  明治38年3月  関流伝来之目録
2 医薬
 417  正徳4年正月  神農感応丸効能書
 418  寛延2年8月  群馬郡八幡原村医師中村迪庵身元請合証文
 419  天明元年7月  碓氷郡下大島村小暮良祐医業修業願
 420  天明7年6月  碓氷郡下大島村医師木暮良祐、高崎城下九蔵町にて開業願
 421  寛政5年10月  高崎藩藩医嶺春泰墓碑
 422  天保6年4月  片岡郡石原村おまき疱瘡祝之帳
 423  天保8年5月  時疫流行の節の薬法につき触
 424  天保9年12月  死罪女人解骸につき問合せ・同返答書
 425  弘化2年2月  高崎藩藩医工藤家由緒書
 426  弘化3年8月  天休院様御定懐中覚書
 427  嘉永2年6月  外科・眼科以外は蘭方制禁につき達
 428  嘉永4年正月  群馬郡上小鳥村佐四郎売薬控
 429  嘉永6年6月  家伝薬売弘メ世話方依頼
 430  安政3年4月  高島昌軒解剖図序文
 431  安政5年7月  和蘭兼学奨励の達
 432  安政5年8月  時疫予防法及び日治法
 433  安政5年9月  暴潟病流行につき薬法の廻状
 434  安政6年6月  群馬郡中大類村高井家秘伝薬法規矩録
 435  慶応2年9月  御寺泉涌寺御薬組合割賦方控帳
 436  明治3年  邪毒病人容体書
 437  明治3年2月  工藤俊榮種痘免許状
 438  年次不詳  医師人数御尋につき鞘町より返答書
 439  年次不詳  まごたろむし神仙孫子丸効能書
 

掲載日 平成29年6月6日 更新日 平成29年6月12日
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