◆レファレンスとは◆
「○○について知りたい」「○○の歴史を調べたいが、どの本を調べればいいのかわからない」など、
皆さんの疑問を図書館員が資料に基づいて解決する手助けをするサービスです。
読書案内、調査相談、参考業務と呼ぶところもあります。
◆レファレンスの種類◆
◆所蔵調査◆
「○○という題名の本はあるか」「○○という人が書いた本を探している」など。
書名または作者名がはっきりしている場合、その資料が当館にあるかどうかはすぐにお調べできます。
◆事項調査◆
「○○という事件が昔あったそうだが、それについて知りたい」「○○の作り方を知りたい」などというとき、
どの資料をみればよいのかわからないときにご相談ください。
適した分野の書架にご案内(または資料をお探し)します。
◆人物調査◆
「○○という人について知りたい」「○○の伝記を読みたい」などのとき、お手伝いいたします。
◆郷土調査◆
「高崎の歴史について」「白衣観音について」など、群馬・高崎に関することでわからないことを調査するお手伝いをいたします。
◆郷土人物調査◆
「高崎藩の歴代藩主の名前を知りたい」「新島襄の略歴について知りたい」など、群馬・高崎に関する人物の調査のお手伝いをいたします。
ただし、ご先祖に関する調査などは菩提寺などにお問い合わせください。
◆児童レファレンス◆
お子さん(または保護者)からのさまざまな疑問に答えるお手伝いをいたします。上記5種類すべてを含みます。
百科事典の引き方を教えたり、必要な分野の棚を案内したり、「お子さんが自分で疑問を解決できる」ことを目的としています。
「学校の宿題の答え」そのものをお教えはせず、ヒントとなる資料を提供いたします。
ただし、児童向けの資料は出版点数が少ない分野もあるため、一部大人向けの資料を提供せざるを得ない場合もあります。
◆調査相談をお断りする場合は以下のようなケースです◆
●将来予測など、図書館員の推理、推論、価値判断を求める質問●
●良書の推薦、図書の購入や売却の斡旋・仲介●
●古書・古文書・美術品などの鑑定および市場価格の調査●
●文献の解読・注釈・翻訳・抜粋の作成。●
●学習課題、レポート・卒業論文、懸賞問題の解答などについての調査●
●個人のプライバシーに係わる事柄の調査●
●身上相談、法律相談、医療・投薬相談●
●網羅的な文献目録の作成●
●調査・研究の代行●
●合理的な検索手段のない記事や写真などの調査●
(「国立国会図書館」レファレンス案内より抜粋)
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過去に受けたレファレンスの一部を下記に紹介します。
個人情報等に配慮し、一部編集加工をしている回答例を含みます。
レファレンスを受けた当時は資料がなく、回答できなかった事例についても、
その後、関連資料が出版されるなどの事情により回答ができる場合もあります。
(逆に、刊行が中止になる資料などもあります。)
また、インターネットをツールとして用いたものは、
参考としたサイトが日々更新されているなどの事情により、再度確認ができない場合があります。
レファレンス事例については、質問を受けた当時の状況下で可能な限りの回答をしております。
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◆所蔵調査◆
Q:昭和10〜20年にかけての小学校の国語と歴史の教科書が見たい。
Q:医学博士が書いた育児本で、タイトルに「本日休業」が入っている本を読みたい。
Q:「ブランド戦略と組織アイデンティティ」という資料を読みたい。
Q:「阿部一族」という歌集(句集)があると新聞記事で見た。それを読みたい。
Q:幕末・明治期に来日した外国人が撮影した写真を朝日新聞社が出版したのだが、その写真集を見たい。
Q:バナナの皮でできた絵本があると聞いた。あれば、現物を見たい。
◆事項調査◆
Q:大和田建樹の「月おぼろなり・・・」で始まる詩がなんという題名か知りたい。
Q:白米などの値段の移りかわりがわかる本はないか。昭和21〜25年、できればそれ以降の状況も知りたい。
Q:1950〜1953年(昭和25〜28年)の公務員の初任給が知りたい。
Q:還暦などの長寿祝いに関して、名前の由来と、年齢が記載してある本はあるか。また、還暦などの祝いの総称をなんと呼ぶか。
Q:義太夫のタイトルを確認したい。浪曲の「壺坂霊験記」と同内容で「お里沢市」というものがある。同じものでいいのか。
Q:賛美歌「いつくしみ深き」は昔、「とうとき我が友イエス・キリスト」の歌い出しだったらしい。歌詞の続きを知りたい。
Q:島崎藤村の「夜明け前」の冒頭部分、「木曽路はすべて山の中である。」という部分は江戸時代の文献の盗作か。
Q:山村暮鳥作「風は草木にささやいた」所収「人間に与える詩」について
Q:世界及び日本での石鹸の歴史(発祥)・利用のされ方について
Q:ブックスタートを実施している自治体での同活動の主管課はどこか。
◆人物調査◆
Q:「廻国雑記」の著者について。また、豊国覚堂との関連について。
Q:「十返舎一九二世」と「十字亭三九」は同一人物か。また、「十字亭三九」はなんと読むか。
Q:福沢諭吉の言葉「する仕事のない人は悲しい人…」のような文章の全文を知りたい。
Q:若山牧水の書いた紀行文で、明治48年頃に星野温泉やその周辺(浅間山麓)を対象とした風景に触れた作品があるはずだが、何か。
Q:「モロノーソフ」という人物の生没年月日・略歴を知りたい。
Q:リンカーンの「人民の、人民による、人民のための〜」で始まる演説の全文をできれば原文で見たい。
◆郷土調査◆
Q:昭和27・28年頃、高崎市または前橋市の地名で「○屋町」というのは、何という町名か。
Q:県立高崎高等女学校(戦後に高女)の明治期の校歌・作詞者・作曲者・制定年を知りたい。
Q:高崎で江戸時代、歌舞伎をしていたと聞いた。その資料があれば見たい。
Q:長尾景春の菩提寺である子持村の雙(双)林寺について知りたい。
Q:群馬県の条例で「未成年者に対する淫行」の条例名とそれに対する罰則を知りたい。
Q:高崎の芭蕉塚について知りたい。みやま文庫33「上毛芭蕉塚」は見たのでそれ以外の資料を見たい。
Q:明治42年の訓令に基づく郷土誌には何があるか。また、何か現在閲覧可能なものはあるか。
Q:高崎城横を流れている烏川に、江戸時代に橋か渡しはかかっていたのか。かかっていたとしたら、現在のどのあたりか。
Q:群馬県の最近の道路工事・駅前再開発・区画整理などの本はないか。
Q:高崎市内(旧高崎地域)の病院の場所がわかる資料はないか。
Q:高崎市とその近隣で子供連れで遊ぶのに適した施設を教えてほしい。
Q:藤原定家が高崎で詠んだとされる和歌2首の出典を確認したい。
Q:新座の平林寺にある高崎藩の陣屋について何かわかるものはないか。
Q:箕郷の路線価を知りたい。高崎税務署管内の路線価図を見たが、箕郷の部分が掲載されていない。
Q:@新町河岸の位置・藤ノ木河岸から運ばれていたものが知りたい。「山梨縣道」について。
Q:群馬県の就労人口とその内訳(第1次産業に従事など)が詳しく載っている資料はあるか。
◆郷土人物調査◆
Q:徳川忠長の正室・側室の名前、戒名、子どもの名前。忠長公の遺品(刀など)は現在どこにあり、実際に見られるか。
Q:映画「ここに泉あり」のシナリオの登場人物のモデルとなった人物は誰か。
Q:刀工 長谷部義重について知りたい。愛宕神社に刀剣を奉納、高崎市の指定文化財に指定されているとのこと。
Q:「本木勝従」という人物についてわかる資料はないか。天狗党の戦いで15歳で死亡したらしい。
Q:田村栄太郎という児童書の出版に関わった人物は、高崎出身の田村栄太郎と同一人物か。
◆児童レファレンス◆
Q:「エントウブンスイ」について。小学生が地元について調べたいらしい。
Q:中世のヨーロッパの城のなかの様子がわかる本。できれば子供向けがよい。
Q:島崎藤村の「初恋」の解説付きのものが読みたい。小学校高学年でわかるものを。
回答できなかった事例
Q:「上毛国寺院明細帳/4」に掲載されている常安寺の由緒にある『徃古當村』とはどこか。
Q:歴史民俗資料館(旧群南村役場)の竣工・落成式・設計者などについて知りたい。昭和32年の話らしい。
Q:田村栄太郎著「江戸時代の交通」に「高崎田町覚帳」について記載があるが、この「高崎田町覚帳」の所蔵と所在の確認。
Q:下小塙町のとある敷地内にある行人さま(通称/一本松の行人さま)の石碑について由来を知りたい。
Q:江戸〜明治の頃の碓井郡水汲村(みずくみむら)あさひがおか という場所は現在のどこにあたるのか。
Q:明治時代、高崎市内で学校用品(教科書等含)を卸していた商店名・住所等が知りたい。当時の広告などもあれば見たい。
Q:映画「L’impronta dell’angelo」の原作の題名を知りたい。
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※ 回答に使用した資料は「本の題名」(著者 出版社 出版年)という形で表記しています。
◆所蔵調査◆
Q:昭和20年代の小学校の国語の教科書が見たい。(2004年12月・当日回答)
Q:昭和10〜20年にかけての小学校の国語と歴史の教科書が見たい。(2007年11月・当日回答)
A:「日本教科書大系」(講談社 1961-1974年)の該当教科、該当する年の巻を提供。
◆「昔の教科書が見たい」という問い合わせには、講談社の「日本教科書大系」をよく使用します。
これは、「往来編」「近代編」からなり、江戸期の寺子屋で使用されたものから
戦後、教科書検定制度が実施されるまでの間に
発行された主要な教科書を集め、復刻したものです。
Q:医学博士が書いた育児本で、タイトルに「本日休業」が入っている。
何年か前にテレビで紹介されていて、ずっと探しているのだが見つからない。(2004年12月・当日回答)
A:「本日休業」でネットで探すが該当なし。
病院(医師)が著者であるらしいので、「本日休診」に変えて検索してみたところ
「ただいま子育て中につき本日休診」(山崎利彦著 草思社 1995年)がヒット。
利用者に確認したらその本だとのこと。書架にあったので提供。
Q:「ブランド戦略と組織アイデンティティ」という資料を読みたい。(2004年12月・当日回答)
A:ネットで検索、「企業におけるブランド戦略と組織アイデンティティ」池田幸代(現
東京情報大講師)の北海道大学博士論文があり、
利用者に確認したところ、その論文を探しているとのこと。
学位論文は学位取得大学の図書館で論文集を所蔵しており、
一般的に閲覧は可能だが、著者の許諾なしに複写は出来ないことを利用者に説明。
(許諾ずみでweb公開されているものもあり)
池田幸代氏の東情大のHPに上記「企業における〜」論文と併記されていた
"Leadership
in managing and revitalizing brand identity" Economic Journal of Hokkaido University,
Vol.30,
この論文も見たいとのこと。Economic Journal of
Hokkaido Universityは高経大で所蔵しているのでそちらに閲覧に行くとのことであった。
なお、国立国会図書館に博士論文は所蔵されている。
Q:「阿部一族」という歌集(句集)があると新聞記事で見た。それを読みたい。
新聞名は不明(朝日・毎日・読売・上毛のどれか)、平成16年12月頃の記事。
男性の歌人(俳人)で既に亡くなっている。壮大な感じの名前だそう。森鴎外ではない、とのこと。(2005年1月・後日回答)
A:利用者と一緒にざっと新聞を見たが見つからず、後日インターネットで検索。
その結果、鈴木六林男(スズキムリオ)という俳人の死亡記事が見つかり、代表作として
『遺品あり岩波文庫「阿部一族」』 という句が紹介されていた。
当館所蔵は1冊まるごと鈴木六林男のものはないが、作品が含まれている資料が図書3冊とビデオ1点あり。
(下記のとおり)利用者にお伝えする。
「現代俳句全集 第3巻」鈴木六林男ほか著 立風書房 1977年出版
「現代俳句大系 第15巻」石原八束ほか著 角川書店 1981年
「俳句百年の問い」夏石番矢編 講談社 1995年
ビデオ「映像による現代俳句の世界 第10巻」 ビクター 1990年
Q:松口月城(マツグチゲツジョウ)の漢詩が沢山のっているものを読みたい。(2005年12月・後日回答)
A:人物事典や漢詩、謡曲などの本では見つけられず、インターネットで検索した。
福岡県那珂川町出身の方とわかり、地元に記念館もあるようだった。
国会図書館も所蔵なしのため、出身地の図書館を中心に検索したところ、
福岡県立図書館と那珂川町図書館に「松口月城吟詠詩集」(松口月城著 創文社 1988年)という資料があった。
福岡県立図書館に訪ねたところ、一冊まるごと松口月城の漢詩の本であり、
ところどころに解説類がついているとのことなので、利用者に確認し、相互貸借を申し込むことになった。
幕末・明治期に来日した外国人が日本の様子を撮影し、
その写真を外国の大学(大学名は不明)で収蔵していてコレクションとしているらしい。
そのコレクションを10年以上前、朝日新聞社が写真集として出版したようである。
その本はないか。(2006年12月・当日回答)
A:本の題名は不明。古い本らしい。当館で所蔵しているかどうかも不明。
朝日新聞社で出版したのは確からしいので、とりあえず検索してみる。
「出版社:朝日新聞社」&「タイトル:幕末」で検索したところ、数点ヒット。
タイトルから「甦る幕末―写真集:ライデン大学写真コレクションより―」(後藤和雄編 朝日新聞社 1987年)らしいと見当をつける。
現物を利用者に確認していただき、この資料であるとのことであった。
Q:東京新聞の夕刊のバックナンバーが見たい。(2006年12月・当日回答)
A:当館での所蔵は朝刊のみである。
東京新聞の購入先に確認したところ、東京新聞の夕刊は群馬では刊行されていないとのことであった。
東京新聞のホームページにその旨記載があった。
「※統合版は夕刊が発行されない地域(静岡県・群馬県・栃木県・茨城県の全域と千葉県・埼玉県の一部地域)のお届けとなります。
夕刊が発行されるエリアでは統合版はご購読できません。」との記述あり。
利用者にその旨をお伝えする。
バックナンバーは最近のもので本社に在庫があれば取り寄せが可能である(実費が必要)旨と東京新聞本社の連絡先をお伝えする。
Q:吉行淳之介の奥さんが書いた本が読みたい。(2007年10月・当日回答)
A:利用者に、どちらの奥様か確認したところ「正妻の方」とのこと。
著者の名前をネットで検索、「吉行淳之介 正妻」でwikipedia等でヒット。
著者は吉行文枝、「淳之介の背中」(港の人 2004年)であった。書架にあったので提供。
Q:バナナの皮でできた絵本があると聞いた。あれば、現物を見たい。(2007年10月・当日回答)
A:ネットで「バナナの皮&絵本」で検索したが見つからない。
「バナナの繊維&絵本」で検索したところ、「ミラクルバナナ」(ジョルジュ・キャストラ著 学研 2001年)がヒットした。
バナナの繊維でできた絵本である。当館で所蔵していた。これを利用者に提供。
バナナの繊維で作られた紙は「バナナ・ペーパー」という名称である。
一般書にも「バナナ・ペーパー」(森島 紘史著 鹿島出版会 2005年)というタイトルの資料の所蔵があり、
この本の付録にバナナ・ペーパーがついているということである。
Q:福岡市美術館が所蔵しているらしい宮本武蔵の絵が見たい。(2007年11月・当日回答)
A:以前、テレビか何かで見ただけであって、絵の題名などはわからないとのことであった。
福岡市美術館に電話にて確認したところ、「布袋見闘鶏図」という宮本武蔵が描いたとされている絵の所蔵はある。との回答を得た。
その後、「宮本武蔵&水墨画」で当館所蔵資料を検索したところ、
「宮本武蔵の水墨画」(金沢弘監修 秀作社出版 2002年)が該当した。
この本の内容を確認したところ、福岡市美術館のホームページに載っていたものと同様だったので、こちらを利用者に提供した。
Q:「トンネルおばけ」という絵本が見たい。(2008年3月・当日回答)
A:「トンネルおばけ」という書名の本は当館にはない。利用者の方(成人女性)が以前読んだ本とのこと。
おしいれからおばけが出てくる話とのことで「おしいれおばけ」か?と推測(「おしいれおばけ」はクローゼットからおばけが出てくる話である)
伺ってみたら「おばあさんが出てくる」とのこと。「おしいれおばけ」に出てくるのはおばけとこどもの2人のみ。
利用者の方と話してゆくうちに「ねずみばあさん」が出てくる、というのを思い出され、
「おしいれのぼうけん」(古田足日、童心社 1980年)とわかる。これを提供。
Q:井伏鱒二の書いた「山椒魚」の改変前の作品を見たい。(2008年12月・当日)
A:インターネットで「山椒魚 改変」で検索すると、1985年に作品の最後を削除したとわかる。
図書館所蔵の1985年以前に出版された同書を内容を確認のうえ、提供。
A:インターネットで調べると、「仏涅槃図」「興福寺金堂吉祥天像厨子」を描いた鎌倉時代の仏絵師だとわかる。
図書館所蔵の「興福寺のすべて」(小学館 2004年)に吉祥天の絵が掲載されていたので紹介した。
Q:着物に付ける家紋について説明した本はあるか。(2004年9月・当日回答)
A:分類記号288の家紋事典類は、家紋の種類のみである。
分類記号383「服飾辞典」類に若干の説明があり。
「きもの文様事典」(本吉春三郎著 婦人画報社 1979年)に染め抜き紋、縫い紋などの各種についての記述が1章あり。
こちらを提供する。
Q:江戸時代以降の市町村庁合併の変遷について知りたい。(2004年10月・当日回答)
A:「市町村名変遷辞典」(地名情報資料室編 東京堂出版 1990年)
「幕末以降全国市町村変遷系統図総覧」(太田孝編著 東洋書林 1995-2000年)などで確認できる。
なお、「平成の大合併」以後の状況であれば、
「全国自治体データブック」(ぎょうせい編集 ぎょうせい)から2005・2006年版が刊行している。
また国土地理協会のHPなどでも最新の状況が確認できる。
Q:番場の忠太郎の出身地はどこか。(2004年10月・当日回答)
A:「番場の忠太郎」とは、長谷川伸原作の「瞼の母」の登場人物であり、実在の人物ではない。
「架空人名辞典 日本編」(教育社歴史言語研究室編 教育社 1989年)に記述があり、これを提供。
ちなみに番場の忠太郎は江州(ごうしゅう)阪田郡番場の生まれ、現在の滋賀県坂田郡米原町。
月おぼろなり 残雪をふんで里寺に 梅を尋ねし 春川船を とめて
で始まる詩がなんという題名か知りたい。(2005年5月・後日回答)
A:当館所蔵の「日本唱歌集」(岩波書店・昭和33年)などを確認したが該当なし。
「日本近代文学大系53」(「大和田建樹歌集」収録)は現物が確認できなかった。
大和田建樹(おおわだ たけき)は愛媛県出身であるため愛媛県立図書館にレファレンスを依頼。
回答:題名は「昔に似たり」
「散文韻文『雪月花』」(明治30年、博文館)に収録、ただし愛媛県立図書館には所蔵なし。
宇和島市立及び西予市宇和図書館に所蔵があるとのこと。
「日本詩人全集」第2巻 明治編(2)(昭和27年、創元社)に収録されているとのことであった。
Q:日本書紀に出てくる「土蜘蛛」の記述がある本がみたい。(2005年5月・後日回答)
A:「風土記」→常陸国茨城の郡・肥前国総記・摂津国(逸文)に記述有り。
「日本書紀」→神武天皇即位前紀巳未年二月に記述あり。
Q:白米などの値段の移りかわりがわかる本はないか。
昭和21〜25年、できればそれ以降の状況も知りたい。あまり難しくない資料がよい。(2005年7月・当日回答)
Q:1950〜1953年(昭和25〜28年)の公務員の初任給が知りたい。(2005年11月・当日回答)
Q:昭和初期のものの値段を知りたい。(2007年3月・当日回答)
A:
「値段史年表」(週刊朝日編 朝日新聞社 1988年)に1ページで明治〜昭和61年まで白米の価格の移りかわりが記載されている。
ほかの物品の価格の変遷も多数収録されている。
A:「値段の明治大正昭和風俗史/続」(週刊朝日編 朝日新聞社 1981年)に公務員の初任給の記述がある。
昭和26年1月:5,500円、昭和26年10月:6,500円、昭和27年:7,650円 (大学卒、国家公務員上級試験)
A:「値段の明治大正昭和風俗史」4冊、1981-84年
「値段史年表」1988年、週刊朝日編 朝日新聞社 1988年
この2点に昭和初期のものの値段が掲載されている。
◆上記2種の本は出版年がやや古い資料ですが、
ものの値段だけでなく、公務員の初任給やパーマネント料金などものっています。
明治期以降の物価などを知りたいという問い合わせには、まずこちらを調べます。
Q:日本の樹木のベスト10を知りたい。(2005年8月・当日回答)
A:「トップランキング事典」(上野富美夫編 東京堂出版 1996年)に「日本の巨樹」あり。
また、「日本の巨樹100選」(大貫茂著 淡交社 2002年)をあわせて提供。
群馬県に限ると、「群馬の巨樹巨木ガイド」(第49回全国植樹祭群馬県実行委員会編 上毛出版社 1999年)がある。
Q:還暦などの長寿祝いに関して、名前の由来と、年齢が記載してある本はあるか。
また、還暦などの祝いの総称をなんと呼ぶか。(2005年9月・当日回答)
A:長寿の祝いのことを総称して、「賀寿」と呼ぶ。
「冠婚葬祭事典」などで「祝いごと」または「賀寿」の項目を見るとその種類・由来の記述があり。
代表的なものは還暦(60歳)・古希(70歳)・喜寿(77歳)など。
Q:「さんさ時雨」の歌詞が知りたい。(2005年10月・当日回答)
A:東北の民謡である。
「日本民謡大観・東北篇」(日本放送協会編 日本放送協会 1992年)に記述があるのでそちらを提供。
Q:義太夫のタイトルを確認したい。浪曲の「壺坂霊験記(ツボサカレイゲンキ)」と同内容で
「お里沢市(オサトサワイチ)」というものがある。同じものでいいのか。(2005年12月・後日回答)
A:当館の本では探せなかった。CDは同タイトルのものがあるが、ただし浪曲である。
インターネットで探したところ義太夫で「壺坂霊験記(お里沢市)」となっているものを発見。
「壺坂〜」の登場人物がお里と沢市ということもあり、同じものであるよう。
歌舞伎・浄瑠璃などで有名な演目である。
Q:賛美歌「いつくしみ深き」は昔、「とうとき我が友イエス・キリスト」の歌い出しだったらしい。
歌詞の続きを知りたい。(2006年2月・後日回答)
A:インターネットで調べるが、現行の「いつくしみ深き」の歌詞しかヒットしなかった。
90歳代の方が昔歌った歌詞なので、「新 日本古典文学大系 明治編12」(岩波書店)の賛美歌を見ていくと、
メロディーは一緒だが、歌詞はまったく異なる賛美歌が載っていた。
ちなみに歌いだしは「たへにたふとしや わがとも耶穌よ」であった。
Q:島崎藤村の「夜明け前」の冒頭部分、「木曽路はすべて山の中である。」という部分は
江戸時代の文献の盗作であるという記事を15〜16年前の朝日新聞の日曜版で読んだ記憶がある。
その詳細が知りたい。(2006年4月・当日回答)
A:新聞記事になる以前に、盗作(引用)については本として出版されているものと推測。
島崎藤村の評伝・作家研究を書架で探すが、書架にある評伝などにはそれに関する記述は見つからない。
ネットで木曽路/島崎藤村/夜明け前、などで検索、
藤村は馬込宿の「大黒屋日記」などを資料として「夜明け前」を執筆、とある。
「大黒屋日記」で当館資料を検索、
『「夜明け前」の世界−大黒屋日記を読む』(高木俊輔著 平凡社 1998年)があった。
このなかを見てゆくと、冒頭部分は秋里籬国の「木曽名所図会」(1805年)を引用、との記述が数箇所あり。
この説は以前からあるとの記述もあり。この資料を提供。
A:直接、書架(分類番号:324)借家借地法と(分類番号:673)アパート経営の本を参照する。
礼金については法的根拠がなく、慣行となっている模様である。(地域により差があるとのこと)。
実際のトラブルに関しては、高崎市消費者生活センターを紹介する。
Q:フランス料理の歴史について知りたい。(2006年8月・当日回答)
A:「よくわかるフランス料理の歴史」(エドモント・ネランク著 同朋舎出版 1994年)
「美食のフランス」(ジャン=ロベール・ピット著 白水社 1996年)
「フランス食卓史」(レイモン・オリヴェ著 人文書院 1980年)
上記資料と、百科事典の「フランス料理」の項目をご覧いただく。
Q:「食育活動」という雑誌について概略を知りたい。(2006年11月・後日回答)
A:最新版である「2006年版雑誌新聞総かたろぐ」(メディア・リサーチ・センター編 メディア・リサーチ・センター)を見るが「食育活動」の記述はなし。
Webcat(国立情報学研究所の総合目録データベース)で「食育活動」をひくと、
農山漁村文化協会出版とあり、別タイトル:「自然と人間を結ぶ」とあり。
(「雑誌新聞総かたろぐ」に「自然と人間を結ぶ」の記述なし)
農産漁村文化協会のホームページには「自然と人間を結ぶ 食育活動」とあり、2006年3月創刊、年4回刊らしい。
出版元に確認したところ、雑誌「自然と人間を結ぶ」(年12回刊)があり、同誌は3種類に分かれており、
3誌あわせて「自然と人間を結ぶ」という雑誌であるとのこと。
「農村文化運動」(年4回刊)
「21世紀の日本を考える」(年4回刊)
「食育活動」(年4回刊) ←継続前誌は「食文化活動」
「2006年版雑誌新聞総かたろぐ」に「食文化活動」の記述はあり。
基本的な内容・対称層等は同じであるとのことであるので、利用者に「食文化活動」の記述と上記の内容を伝える。
Q:山村暮鳥作「風は草木にささやいた」所収「人間に与える詩」について
1.資料によって「ひつ裂き」、「ひき裂き」と違う言葉が使われているが、どちらが正しいのか。
2.「大風」「樹木」のヨミは?
(2007年9月・当日回答)
A:
1.「風は草木にささやいた」(大正10年白日社刊)が初出。この原文には「ひつ裂き」が使われているため、「ひつ裂き」が正しいと思われる。
2.当館所蔵のものすべてを確認するが、振り仮名が振ってあるものがなく、断定することが難しかったため、
山村暮鳥の展示を開催したことのある土屋文明記念文学館へと問い合わせてみる。
そちらでも、断定は出来ないとのことだったが、文学の常識として、漢文は音読み、詩は訓読みという事項が一般的であるということであった。
以上のことから、「大風」は「おおかぜ」、「樹木」は「じゅもく」が正しいと思われる。また、特殊なヨミの場合は、必ずルビが振ってあるとのこと。
以上、内容を利用者にお伝えする。
Q:世界及び日本での石鹸の歴史(発祥)・利用のされ方について(2007年10月・当日回答)
A:児童書「世界が見えてくる身近なもののはじまり 2-5 せっけん」(PHP研究所 2002年)に発祥などがわかりやすく記載されている。
「事物起源辞典」「モノここに始まる」などにも石鹸の歴史の記述あり。百科事典の「石鹸」の項目もあわせて提供。
Q:モンゴルの歌・民謡について知りたい。特に「オルティンド」について。検索したがCDしかなく、資料が見たい。(2008年8月・当日回答)
A:モンゴルの民謡について知りたいとのこと。「モンゴル&音楽」で検索するとヒットするのはCDのみ。
範囲をアジアに広げると
「岩波講座日本の音楽・アジアの音楽」全7巻・別巻2(蒲生郷昭ほか編 岩波書店 1989年)があり。
データではそれ以上わからないので資料を見てゆく。
第3巻・別巻1にモンゴルの音楽についてそれぞれ1章あり。
それ以外にのモンゴル文化関連の資料をいくつか提供。
内容を確認していただき、数冊お借りになる。岩波講座の別巻1が最も詳しく載っていたようである。
Q:教会で鐘を鳴らしている写真を見たい。(2008年9月・当日回答)
A:「スペインの大聖堂」(菅井日人著グラフィック社1992年)に鐘のある教会の写真が掲載されていたので提供。
Q:全国の病院の症例数を掲載した最近の本を見たい。(2008年10月・当日回答)
A:国立病院機構高崎病院の症例数であれば「病院年報平成16年度(国立病院機構高崎病院発行)」に掲載されている。
「全国名医・病院徹底ガイド」(主婦と生活社 2006年)には、症例数はほとんどないが、全国の病院の特徴や得意とする分野等が掲載されている。
上記2点を紹介。
Q:床の板の張り方を知りたい。(2008年10月・当日回答)
A:部分補修や絨毯の張り方は多数あるが、全面的に床板を張る方法についてはなかなか見つけられなかった。
597(住居・家具調度)の棚を探したところ「自分でできる住まいのリフォームと手入れ」(パッチワーク通信社 2003年)に
フローリングの張り方が掲載されていたので紹介した。
Q:ブックスタートを実施している自治体での同活動の主管課はどこか。(2008年10月・後日回答)
A:ブックスタートは自治体が行う0歳児健診などで赤ちゃん(とその保護者)に絵本を手渡し、絵本を介した時間を共有する活動。
1992年に英国ではじまり、日本ではNPOブックスタートが普及に努めている。
NPOブックスタートのHPなどを見たが主管課については不明。
ブックスタートについてはNPOブックスタートに依頼すると「ブックスタートハンドブック」などを送付してくれる。
(当館でも事務資料として所蔵しているが登録はしていない。)
主管課についてNPOブックスタートに電話で確認したところ、「ブックスタート実施編 第5版」の8頁に
「事務局の構成」として資料が載っているとご教示いただく。現時点ではこれ以上詳細な資料はないとのこと。
ちなみに上記資料による主管課は以下のとおり。 (2008年2月15日・634自治体の事務局の割合)
図書館・図書室など52%
保健センター・健康推進課など20%
教育委員会・生涯教育課・公民館など16%
子育て支援課・こども課・福祉課など9%
社会福祉協議会・住民課・総務課など3%
Q:安房直子の「きつねの窓」の、指で窓を作るエピソードは、もともと柳田国男の文章が元になっているらしい。
その文章が見たい。
柳田国男の子どもの遊びの伝承などの話がまとまっていたら、
そこに掲載されていると思うのだが、そのようなものはあるか。(2008年11月・当日回答)
A:「きつねの窓」とは安房直子の代表作で、
桔梗の花の汁で指を染め、指で窓を作ってそこから覗くと懐かしい風景や人が見えるという児童文学であり、教科書にも掲載されていた。
このエピソードが具体的に何に掲載されているかは不明であり、全集が書庫にあるので、
利用者の方には日外アソシエーツ「個人全集・内容綜覧」の柳田国男全集の内容をご覧いただく。
同時進行で書庫で全集の現物を確認する。
筑摩書房「柳田国男全集 12」(1998年)の「こども風土記」のなかに、「狐あそび」の一節を発見。
「〜今も田舎に残ってゐる狐遊び、大阪でもと「大和の源九郎はん」などといつた鬼ごとである。
百年以前の嬉遊笑覧にも
鬼ごとの一種に、鬼になりたるを山のおこんと名づけて、引きつれて下に屈み、もともとつばな抜こゝと言ひつつ、
芽花(つばな)抜くまねびをしてはてに鬼に向かひ、人さし指と大指とにて輪をつくり、その内より覗き見て、
是なにと問へばほうしの玉といふと、皆逃げ去るを鬼追ひかけて捕ふる也
と見えてゐる。」
との記述を発見。利用者に確認、おそらくこれであろうとのこと。
筑摩書房「定本 柳田国男集 31」の「おとら狐の話」も提供したが、これは違うようであるとのことであった。
Q:「廻国雑記」の著者について。また、豊国覚堂との関連について。(2003年11月・後日回答)
A:「廻国雑記」の著者は 道興(1430〜1501)。左大臣藤原房嗣の息。大僧正。聖護院門跡。准三后。
なお、書名の表記はいずれも「廻国」となっている。
「日本古典文学大辞典」岩波書店、「日本古典文学大事典」明治書院、「日記文学事典」勉誠出版ほかで確認。
.豊国覚堂との関連について
豊国覚堂(1865〜1954)。群馬県の郷土史家。「上毛及上毛人」編集
調べた限りでは、関連する記述は見当たらない。(「上毛及上毛人」の目録で豊国覚堂の著作の項にはなし)
「群馬県人名大事典」上毛新聞社などで確認。
なお、「廻国雑記」は「新校群書類従 第15巻」(内外書籍)に収録されている。
Q:「十返舎一九二世」と「十字亭三九」は同一人物か。また、「十字亭三九」はなんと読むか。(2005年3月・当日回答)
A:国立国会図書館のホームページで検索すると、著者「十字亭三九」と「十返舎一九二世」は同一人物として扱われているが、読みはふっていない。
「古典籍総合目録」(国文学研究資料館編 岩波書店 1990年)の「十返舎一九二世」でひくと、別号として「十字亭三九」として記述あるが、読みはなし。
「古典籍総合目録」の第3巻著者名索引で、
十字亭三九(じゅうじてい
さんく)→十返舎一九(じっぺんしゃいっく)との記述あり。
これを利用者に提供。
Q:丸山真男集の中の「ツダソウキチ」への書簡が見たい。(2005年5月・当日回答)
A:「丸山真男集」(丸山真男著 岩波書店 1995-1997年 全17巻)別巻総目次をみてゆく。
16巻に公表書簡「津田左右吉宛」がある。これを提供。
Q:福沢諭吉の言葉「する仕事のない人は悲しい人…」のような文章の全文を知りたい。(2005年6月・後日回答)
A:タイトルやはっきりした文言がわからなかったので、文章の一部を検索キーワードとしてネットで探した。
俗に「福沢心訓七則」と言われているもので多数のサイトに掲載されている。
『世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つという事です
/世の中で一番みじめな事は人間として教養のない事です
/世の中で一番さびしい事はする仕事のない事です
/世の中で一番みにくい事は他人の生活をうらやむ事です
/世の中で一番尊い事は人の為に奉仕し決して恩にきせない事です
/世の中で一番美しいことはすべての物に愛情を持つ事です
/世の中で一番悲しい事はうそをつく事です』
これは福沢諭吉の書いたものではないとの記述もあり、
根拠が慶応義塾大学の公式ページに発表されていたのであわせて利用者にお伝えした。
Q:若山牧水の書いた紀行文で、明治48年頃に星野温泉やその周辺(浅間山麓)を対象とした風景に触れた作品があるはずだが、何か。
(2005年11月・後日回答)
A:「若山牧水全集」(若山牧水著 増進会出版社 1992-1993年)の内容総覧で、それらしいものを探し内容を確認。
その結果、「若山牧水全集 8巻」に「落葉松林の中の湯」があり。
内容的にそれとみられるので、利用者に提供。
Q:「モロノーソフ」という人物の生没年月日・略歴を知りたい。(2005年12月・当日回答)
A:利用者の話では、250年ほど前の思想家で、モスクワ大学の開学に関わった人とのことであった。
百科事典・人物レファレンス辞典等に記述なし。
外国人の人物調査の場合、記憶違い(または読み方の違い)が多いため、
ネットで「モスクワ大学 開学」等で調べると「ロモノーソフ」という人物がヒット。
「ロモノーソフ」で百科事典を調べ直す。
「世界伝記大事典 12巻」(ほるぷ出版)に生没年月日・略歴等の記述あり。
質問者に確認、「ロモノーソフ」でよいとのこと、資料を提供。
ミハイル・ロモノーソフ:1711年11月19日〜1765年4月15日没。ロシアの科学者、思想家。
Q:昭和天皇がおつくりになった和歌が見たい。(2007年2月・当日回答)
A:「御製」(「天子のつくった詩歌」国語辞典より)をキーワードに引く。
「昭和天皇のおほみうた」(鈴木正男著 展転社 1995年)
「昭和天皇の御製」(国柱会編 真世界運動本部 1989年)
が該当。これを提供。
Q:リンカーンの「人民の、人民による、人民のための〜」で始まる演説の全文をできれば原文で見たい。(2007年12月・当日回答)
A:直接253(アメリカの歴史)の棚で南北戦争に関する書籍を直接確認する。
「人民の、人民による、人民のための〜」で始まる演説は「ゲティスバーグの演説」と呼ばれる272語の短い演説である。
「正義のリーダーシップ」(本間長世著 NTT出版 2004年) に原文及び対訳あり。
「名演説で学ぶアメリカの歴史」(上岡伸雄編著 研究社 2006年)にも日本語の全文あり。
ほかにもリンカーンの伝記・南北戦争史などに記述がありそうであるが、とりあえず上記2点を提供。
A:Wikipediaなどでネット上である程度調べてはいるが、本で確認したいとのこと。
「聖人事典」(ドナルド・アットウォーター著、三交社 1998年)にネポムクのヨハネについて記述あり。これを提供。
ネポムクのヨハネ:14世紀の聖人。記念日は5月16日。経歴等の記述があり。
Q:昭和27・28年頃、高崎市または前橋市の地名で「○屋町」というのは、正式には何という町名か。
確実なことは、今はない地名で、「屋」の前は一文字であるということ。(2005年11月・後日回答)
A:昔のゼンリン住宅地図にて、前橋市に「紺屋(こうや)町」があり。
前橋風土記(豊国義孝 昭和28年出版)でも確認。
Q:県立高崎高等女学校(戦後に高女)の明治期の校歌・作詞者・作曲者・制定年を知りたい。(2006年3月当日回答)
A:「校歌アルバム 西毛篇」(横田金治編 あさを社 1982年) に高女の歌詞・楽譜・作詞者・作曲者・制定年の記載がある。
大正5年制定とあり。
「高女九十年史 上巻」(高崎女子高等学校校史編集委員会編 群馬県立高崎女子高等学校 1989年)
p.265-269に「校歌の制定」の章があり、歌詞・楽譜と作詞者・作曲者・制定年・制定のエピソード等が詳しく載っている。
こちらに「校歌の制定は大正5年であり、それまで校歌はなかった」との記述があった。
質問者に大正期の制定であることを確認、それでよいとのことであったので上記資料を提供。
A:井伊家(井伊直政)は高崎藩の初代藩主(1598-1600)である。
「藩氏大事典 2 関東編」(木村礎ほか編 雄山閣出版 1989年)p.309に高崎藩歴代藩主の家紋あり。
井伊家の家紋は「橘」であった。
また、「日本史諸家系図人名辞典」(小和田哲男監修 講談社 2003年)によると井伊家の家紋は彦根橘及び平井筒。
井伊家は彦根藩主であるので、「彦根城博物館」のホームページ「彦根城博物館だより」にも関係する記述がある。
Q:高崎で江戸時代、歌舞伎をしていたと聞いた。その資料があれば見たい。(2006年3月・後日回答)
A:「群馬県百科事典」(上毛新聞社 1979年) で「歌舞伎芝居」の項目に「天明年間(1780年代)には全県下で流行」との記述がある。
「新編高崎市史 通史編4」 (高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年)
p.886-p.889 「庶民の娯楽」の節に 「江戸時代、高崎藩は尚武の気風が強く、〜領内住民に歌舞音曲、手踊りの類を許さなかった」の記述あり。
明治に「坂東座」(後に焼失し「岩井座」)を作り、東京より歌舞伎役者を招いて興行を行っている。
P.888 「村芝居」が明治以降盛んになったとの記述あり。下豊岡村、下小鳥村、南大類村など。
「新編高崎市史 資料編9」にも若干の記述がある。
「倉賀野町郷土誌」(倉賀野町、1910年)には記述なし。
群馬・高崎の郷土芸能であれば
「郷土芸能と行事ー群馬県」(萩原進著 煥呼堂 1957年)
藩からの歌舞音曲の禁止令の記述あり
「群馬の郷土芸能」上・下(萩原進著 みやま文庫 1993-1994年)
「新編高崎市史 民俗編」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年)などにも記述がある。
Q:長尾景春(ながおかげはる)の菩提寺である子持村の雙(双)林寺(そうりんじ)について知りたい。(2006年4月・当日回答)
A:長尾景春は室町時代の武将(長尾氏)である。
双林寺については「群馬の古寺−北毛編」(あかぎ出版 1995年)に記述があるが、長尾景春の墓についての記述はない。
「群馬県百科事典」(上毛新聞社 1979年) で「長尾景春」でひくと記述はあるが、菩提寺についての記述はない。
「子持村史」(子持村教育委員会 1968年) を見ると「長尾氏累代の墓は空恵寺」との記述あり。
再度「群馬の古寺−北毛編」の空恵寺(くうえじ)の項を見ると、「長尾氏累代の墓が眠る…」との記述あり。
利用者に確認後、これを提供。
(「群馬県百科事典」にも「空恵寺」でひくと「長尾氏の菩提寺」との記述があった。)
A:「除除漂(ぶらり)たかさき」(内山信次著 あさを社 1988年)p.189に記述あり。
参考資料として「高崎寿奈子」(タカサキスナゴ)に記述があるとする。
「高崎寿奈子」は高崎市史3巻(高崎市 1968年)に掲載されている。
「図説高崎の歴史」(石原征明著 あかぎ出版 1988年)に並榎八景についての項があるが、
その項に高崎には並榎八景以外に「大染寺八景」がある、との以下のような記述がある。
「高崎藩士たちが大染寺、頼政神社付近から眺めて詠んだ大染寺八景(高崎八景ともいえる)〜」とあり。
高崎八景は下記のとおり。
「烏川渡舟(からすがわのとしゅう)」
「浅間暮雪(あさまのぼせつ)」
「清水晩鐘(きよみずのばんしょう)」
「半田夕照(はんだのせきしょう)」
「石原晴嵐(いしはらのせいらん)」
「佐野落雁(さののらくがん)」
「古塁夜雨(こるいのやう)=根小屋城」
「少寺秋月(しょうりんのしゅうげつ)」
※ 並榎八景については「図説高崎の歴史」(石原征明著 あかぎ出版 1988年)に「描かれた並榎八景の世界」の項に絵入りで解説あり。
護国寺から眺めた風景について詩歌を詠みあげ、描いたもの。文化元年(1804)頃の作と伝えられる。
Q:群馬県の条例で「未成年者に対する淫行」の条例名とそれに対する罰則を知りたい。(2006年7月・当日回答)
A:群馬県法規集D(加除式)により、条例名は「群馬県青少年保護育成条例」で、その中の第23条が俗に淫行条例と呼ばれるもの。
それに対する罰則は、同条例の第39条。
Q:高崎の芭蕉塚について知りたい。みやま文庫33「上毛芭蕉塚」は見たのでそれ以外の資料を見たい。(2006年7月・当日回答)
A:「新編高崎市史 資料編13 近世石造物」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年) の「信仰編」その他の石造物に芭蕉句碑の記述あり。
「群馬県文学碑目録」(寸草堂、1969年)に高崎市内の芭蕉の句碑の所在地が掲載されている。(旧高崎市内で11基)
「みやま文庫44群馬県の文学碑」・「群馬の文学碑」(群馬県教育文化事業団)には記述はない。
「群馬の文学碑」(上毛新聞社)に記述が若干ある。
Q:群馬で出版されていた昔の新聞について概要を知りたい。(2006年7月・後日回答)
A:県内での新聞の出版状況については、下記の資料に詳しい。
・みやま文庫「ぐんまの新聞」(清水吉二著 みやま文庫 2005年)
・「高崎の新聞 1〜3」(高崎市史6・8・15号より抜粋)
・「新編高崎市史 通史編4」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年)
Q:明治42年の訓令に基づく郷土誌には何があるか。また、何か現在閲覧可能なものはあるか。(2006年7月・後日回答)
A:明治42年(1909年)の群馬県訓令により、郷土誌が県内の多くの各市町村で作られた。
明治42年の訓令に基づく郷土誌で当館で所蔵しているものは下記のとおり。
「倉賀野町郷土誌」
「佐野村郷土誌」
「滝川村誌」←1984年出版のなかに明治43年に出された村誌が再録されている。
上記資料の説明とともに明治42年の訓令に基づく郷土誌については、
県立文書館で県内の資料を収集、マイクロ化を行っており、閲覧できるのであわせてそちらを案内する。
Q:江戸時代と現在の高崎市の人口を知りたい。(2006年7月・当日回答)
A:最新の高崎市の人口は高崎市ホームページ及び広報高崎に掲載されている。
2006年6月1日現在:3,33,242人
江戸時代の人口は「藩士大事典 関東編」(木村礎ほか編 雄山閣出版 1989年)に高崎城下町の人口の記述がある。
文化十年(1814年) 5,400人 文久二年(1862年) 5,818人
「高崎市史 第3巻」(1968年)、「高崎市史 上巻」(1927年)にも人口に関する記述があり。
ただし、「高崎市」の面積自体がその時代ごとに大きく異なるために比較には注意が必要である。
Q:高崎の亜炭(あたん)について調べたい。(2006年12月・当日回答)
A:郷土雑誌「群馬評論」13−16号(1983年)、17−19号(1984年)に「高崎の亜炭」の記述あり。
また、「図説・高崎の歴史」(石原征明著 あかぎ出版 1988年)にも「板鼻層と高崎の亜炭」と題された頁がある。
「新編高崎市史 資料編 10巻」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 1998年)にも関連する記述がある。
Q:高崎城横を流れている烏川に、江戸時代に橋か渡しはかかっていたのか。
かかっていたとしたら、現在のどのあたりか。(2006年12月・後日回答)
A:「図説・高崎の歴史」(石原征明著 あかぎ出版 1988年)より
p.112「『柳瀬の渡し』につくが、この舟渡しは今の梁瀬橋下流約250m程のところで〜」
p.120「今の君が代橋に近い付近に、かり橋があった。」
p.115(倉賀野宿の記述中に)「〜日光道分かされの常夜灯から300m程のところに、石造の太鼓橋があった。」
との記述がある。
また、「新編高崎市史 通史編3 近世」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年)の
「第4章 烏川・利根川の水運と渡し場」があり、烏川とその支流の井野川・鏑川などの渡し場についても記述がある。
Q:江戸時代の高崎の城下町の様子について、概略を知りたい。(2006年12月・当日回答)
A:高崎の城下町については、「図説・高崎の歴史」(石原征明著 あかぎ出版 1988年)のp.104「高崎城下の繁栄」に記述がある。
また「新編高崎市史 通史編3 近世」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年)の
「第3章商工業の発達と高崎城下の繁栄」の「第1節 城下町の形成と商工業の隆盛」に約50pにわたり、記述がある。
Q:群馬県の最近の道路工事・駅前再開発・区画整理などの本はないか。(2006年12月・後日回答)
A:群馬県出版の「群馬県の都市計画 2001年版」(2002年出版)「群馬県の都市計画 資料編」(2003年出版)は所蔵がある。
群馬県都市計画課に確認したところ、これが最新版であるとのこと。(2006年12月現在)
また、「道路事業概要」の平成15年版の所蔵はあるが、これ以降は冊子体での刊行はしておらず、
群馬県庁のホームページで「群馬県県土整備局事業概要」としてPDF版で提供しているとのことであった。
また、群馬県庁都市計画のホームページにも今年度の工事一覧が掲載されているとのことである。
利用者には「群馬県の都市計画」2冊、「道路事業概要(H15年版)」を提供、あわせて県庁ホームページについてお伝えする。
Q:群馬県内の飼い犬の数を知りたい。(2006年12月・当日回答)
A:「日本の統計」の類を見るが該当なし。
「保健福祉統計年報 平成17年版」(群馬県)に狂犬病予防状況(登録犬数)あり。
また、群馬県動物管理センターのホームページに
統計資料として厚生労働省のまとめた登録犬数(県別)と群馬県のまとめた市町村別の登録犬数がある。
Q:高崎市内(旧高崎地域)の病院の場所がわかる資料はないか。(2006年12月・当日回答)
A:高崎市が出版している「高崎市病医院マップ」(H15年3月出版)に病院の地図がある。
病院名・エリア・診療科目ごとの索引あり。
裏表紙に救急医療の連絡先が記入されている。
Q:高崎市とその近隣で子供連れで遊ぶのに適した施設を教えてほしい。(2006年12月・当日回答)
A:「子どもと出かける群馬あそび場ガイド」がメイツ出版から毎年出版されている。
ほかには「ぺぱーみんとかんぱにー」が出版している
「群馬子育て情報 いきいき子ども&子育てシリーズ」に遊び場情報及び子育て支援情報が掲載されている。
上記資料を提供。
「心なく いかにけぶりのたつならむ 浅まにみゆる しなのつらさよ」
「あづま路の さのの舟橋わたすぞと たれにとはまし 水鳥のこゑ」
この和歌が土屋喜英著「高崎漫歩」(土屋喜英著、高崎地方史料普及会、1989年)に載っていた。
「定家大明神縁起」に記述があるらしいが、この和歌の出典を確認したい。(2007年1月・当日回答)
A:「新編 国家大観」(角川書店)の索引で引くが該当なし。
和歌をネットで検索するがヒットしない。
定家神社は高崎市の指定重要文化財であるので
「高崎の文化財」(高崎市教育委員会編 高崎市教育委員会 1993年)で確認、概要を把握。
ただし和歌本文(「定家大明神之縁起」)の記述はなし。
「定家大明神之縁起」で当館の所蔵を検索したところ、
「新編高崎市史 資料編14 社寺編」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2004年)
p.562-563に「定家大明神之縁起」が掲載されており、和歌2首も確認できた。
「群馬県史料集 8 縁起編T」(群馬県文化事業振興会、1973年)p.73-p.77にも解説及び内容が掲載されている。
上記資料を提供。
Q:群馬の方言で「肩車」をなんと言うのか。(2007年1月・当日回答)
A:「群馬県のことば」(平山輝夫ほか編 明治書院 1997年)で「肩車」を引くと「テングルマ」とある。
音声表記が付記されている。
「高崎の方言」(前沢辰雄著 1970年)でもテングルマ、
「群馬の方言をさぐる」(星野光儀著 吾妻出版社 1979年)でもテングルマであった。
なお、「群馬県のことば」は標準語を引くと方言が出る形式、
「高崎の方言」及び「群馬の方言を探る」は方言そのものからその意味を探る形式である。
Q:映画「ここに泉あり」のシナリオが読みたい。(2007年2月・当日回答)
A:「ここに泉あり」は群馬交響楽団を題材とした昭和30年の映画である。
群響関連の書架(K762)を直接見るが、シナリオは含まれていない。
脚本家が水木洋子であるので、
「日本シナリオ文学全集 9 水木洋子集」(水木洋子脚本 理論社 1956年)に含まれている可能性あり。
「ここに泉あり」が収録されているか不明のため、国立国会図書館のデータベースで内容を確認、
「ここに泉あり」が収録されていたため、現物を確認、収録されていたのでこれを利用者に提供した。
Q:新座の平林寺にある高崎藩の陣屋について何かわかるものはないか。(2007年3月・当日回答)
A:高崎藩の主な飛び地としては武蔵国新座郡・下総国海上郡・越後国蒲原郡があり、陣屋が配されていた。
「高崎史料集 大河内家(無銘書2)」(高崎市教育委員会 1987年)に武蔵国野火止御領分小判絵図あり。
当館所蔵資料で「野火止」(のびどめ)で検索すると、「新編高崎市史通史編」p58と
「新編高崎市史 資料編5 近世1」に野火止領分の記述あり
同資料の付図に「高崎越後銚子野火止御領一覧略図」あり
A:分限帳(ぶんげんちょう・ぶげんちょう)とは、ある藩の家臣の名簿のことである。
「「新編高崎市史 資料編5」(高崎市市史編さん委員会編 高崎市 2002年)に安政6年8月松平家の分限帳が、
「群馬県姓氏家系大辞典」(群馬県姓氏家系大辞典編纂委員会編 角川書店 1994年)に安政6年5月大河内家臣の分限帳があり。
Q:県内の市町村別のお米の収穫量を知りたい。(2007年11月・当日回答)
A:「群馬県統計年鑑 H17」(群馬県編 群馬県 2005年)に市町村別の収穫量統計あり。
ただしデータは平成15年当時のもの。市町村合併があるため、現状とは異なる。
「群馬農林水産統計年報 第53次(H17〜H118)」(関東農政局前橋統計・情報センター、2007年)にも市町村別の収穫量統計あり。
合併市町村の内訳(新高崎市の収穫量と、旧各市町村の収穫量を併記)が掲載されている。
上記をあわせて提供。
高崎税務署管内の路線価図を見たが、箕郷の部分が掲載されていない。(2008年1月・当日回答)
A:「路線価図 高崎税務署管内」(大蔵財務協会出版)を見るが、箕郷の路線価図は掲載されていない。
高崎税務署(税務相談室)に電話確認。
『土地の評価をする際には、路線価図での評価と
固定資産税評価額に一定の倍率をかけた評価との2種類ある。
路線価とは市街地などの道路の価格のことであり、箕郷には路線価で評価する土地は現在のところ存在しない。
箕郷の土地の評価の場合、固定資産税評価額(箕郷支所税務課に確認または自宅に固定資産関連の書類が毎年送付される)に
「一定の倍率」の一覧表(「評価倍率表」)の倍率を掛け合わせれば金額がわかる』
とのことであった。利用者にその旨をお伝えする。
さんざん天につらなりて とうせいいわにげきしゆく しゅうれいのちにおいたちし
で始まる歌詞だったと記憶している。(2008年2月・当日回答)
A:「高崎歩兵第十五聯隊史」(歩兵第十五聯隊史刊行会 編集・発行)を確認。
冒頭部分に歌詞の5番までと、楽譜が掲載されている。このことをお伝えする。
ちなみに1番の歌詞は
三山天に連なりて
刀水巌に激しゆく
秀麗の地に生ひ立ちし
坂東武士の血を承けて
立つや上州健男児
額の箭傷誇らなん
A:当館では年1回要覧(「図書館の概要」→「たかさきの図書館」→「高崎市の図書館」に名称変更)を8月に刊行している。
そのなかに図書館の沿革・組織・統計等が掲載されている。
当館は明治43年9月26日に本町の春靄館(しゅんあいかん)に蔵書数1,746冊で高崎図書館を開設、
その後の名称変更・移転等も記載されている。
Q:群馬県史 資料編 第7巻 3964頁に掲載されている高崎市清水文書がどこにあるかを知りたい。(2008年9月・後日回答)
A:「群馬県史 資料編 第7巻」(群馬県史編さん委員会編 群馬県 1986年)3694頁 で確認すると、
高崎市清水文書は「群馬県史 資料編 第7巻」1060頁下段より 編年によらない資料(戦国時代)資料番号3694 清水正花武功覚書であることがわかった。
群馬県立文書館にて収蔵されていることをお伝えする。
(群馬県立文書館のHPで所蔵資料の一部が検索できる。「目録検索」→「古文書・県史資料」の検索で所蔵を確認できる。)
A藤ノ木河岸から運ばれていたものが知りたい。その中に、富岡製糸場で使われていた機器が含まれていたか。
B明治時代に存在した「山梨縣道」について知りたい。 (2008年9月・後日回答)
A:@現在の上里町毘沙吐にあった。
当初、神流川の右岸にあったが、弘化5(1848)年の大洪水により、玉村町角渕にあった新町河岸側へと移動し、
新町河岸、藤ノ木河岸と両方の名で呼ばれることとなった。(「新町明治百年史」萩原 進 多野郡新町役場 1971年より)
A米、塩、材木など(「新町町誌」250頁表より)
また、富岡では砥石が多く産出され、現在の下仁田道を通って、新町河岸から江戸へ運ばれていたらしい。
(「群馬県史」資料編6 群馬県史編さん委員会編 群馬県 1984年)
富岡製糸との関連記述はなし
B記述なし。
ただ、現在の道路などから推測するに、新町〜富岡まで通ずる道が、下仁田道(信州姫街道)なので、これを呼んでいたのではないか?
Aにも書いた通り、砥石を運ぶ為に使われていたらしい。
Q:群馬県の就労人口とその内訳(第1次産業に従事など)が詳しく載っている資料はあるか。
国勢調査で調べていると聞いたので、それが見たい。(2008年9月・当日回答)
A:国勢調査(5年に1回)で就労実態について調査を行っている。
平成12年版と平成17年版の国勢調査 群馬版の「人口の労働力状態、就業者の産業」編(総務省統計局編 日本統計協会)を提供。
Q:下大類町の古い住宅地図を見たい。(2008年12月・当日回答)
A:当初、「一番古い高崎市の住宅地図を見たい」とのことであったので、1959年(昭和34年)の住宅地図を提供。
みてゆくうちに「下大類町が載っていない」とのことで相談にこられた。
下大類町が当時、高崎市に含まれていたかどうかを見るために田島桂男「たかさき町知るべ」と「角川日本地名大辞典」を確認。
下大類村町は昭和31年に高崎市に合併したが、一部は32年〜40年は群南村となり(残りの下大類町は東大類町)、
そののち昭和40年に高崎市となったことがわかった。
そのため、昭和41年出版の高崎市の住宅地図を下大類町の記載があることを確認のうえ、提供。
忠長公の遺品(刀など)は現在どこにあり、実際に見られるか。(2004年11月・後日回答)
A:徳川忠長は3代将軍家光の弟であり、大納言に任ぜられたが、乱行ありとのことで1633年高崎城内に幽閉、
同年高崎城内で自刃。高崎市通町の大信寺に葬られている。
郷土雑誌「上州路」1989年9月号に特集がある。
「高崎の名所と伝説」「徳川実紀」「大人名辞典」などを確認。
正室は諸説あるようだが@織田信良女、庚子(カネ)/松誉春貞大姉A織田信良女/光松院A鷹司卿(郷となっているものもあり)女、などの説があり
側室は「上州路」の中で『大信寺の過去帳に忠長側妾で院殿がついている人が三人ぐらいいるらしい』との記述あり。
子どもの名前は松平長七郎長頼(母は上記の説あり)。
忠長公の遺品は大信寺に切腹短刀・硯箱・茶器・袈裟などがあるそうだが、
直接確認したところ、特別に展示会に出した時以外はお見せすることはないとのことであった。
Q:村上鬼城に関係する人物の名前のよみ『名合今更』(2004年12月・後日回答)
A:村上鬼城関係の本に、大正5年(1916年)鬼城が高崎裁判所の代書人をクビになった翌年、
抗議して復職許可を取りつけるのに尽力した人たちの中のひとり、という記述あり。
東京の弁護士らしいことと、本名は名合孟らしいことはわかったが、読みは不明。
結局、鬼城研究者であり孫である徳田次郎氏に問い合わせところ
「ナアイイマサラ/今更は俳号である」と教えていただいた。
Q:「ここに泉あり」のシナリオ(水木洋子)をさらに物語化した図書「旅する楽団」(小林広三郎)の抜粋が
昭和30年代の小学校国語教科書に掲載されているとのこと。
教科書で 「楽長 井田、マネージャー 速見」とあるのだがそのフルネームと、モデルになった人物の姓名を知りたい。(2005年5月)
A:「日本シナリオ文学全集・9:水木洋子集」(水木洋子脚本 理論社 1956年) p175に配役あり。
映画中の役名:ヴァイオリン:速見明、マネージャー:井田亀夫
「群馬交響楽団50年史」(群響50年史編纂委員会編 群馬交響楽団 1997年)ほかで確認、
本名:速見明=風岡
裕(コンサートマスター)、井田亀夫=丸山勝廣である。
群響事務局にも電話確認後、回答
愛宕神社に刀剣を奉納、高崎市の指定文化財に指定されているとのこと。(2005年10月・当日回答)
A:「上州刀工総覧」(小林一夫編 日本美術刀剣保存協会 1981年)に作品数点あり。
「高崎の文化財」「新編高崎市史 資料編8」「新編高崎市史 社寺編」に若干の記述あり。
「高崎市史 1」(昭和44年出版)に一番詳細な記述あり。これらを提供。
Q:切り絵作家の田の内栄一の略歴を知りたい。(2005年12月・後日回答)
A:本の奥付や、インターネットで探すものの載っていなかった。
日本きりえ協会及び群馬きりえの会に所属していることが判明したので、代表の連絡先に問い合わせる。
1939年生まれ、群馬県に最初に切り絵を広めた人との事。2001年没。
天狗党の戦いで15歳で死亡したらしい。(2006年7月・後日回答)
A:下仁田戦争(天狗党)・1864年(元治元年)の話であるので、下仁田戦争関連の書籍をあたる。
「下仁田戦死者五拾年祭典報告」(下仁田町 1914年)に戦死者名あり。
高崎藩の戦死者は36名。
「下仁田戦争記」(深井景員著 あさを社 1977年)に本木祭之助勝従の肖像画・略歴があり。
「水戸天狗党と下仁田戦争百五十話」(大塚政義著 上毛新聞社 1984年)に記述があり。
上記資料を提供。
Q:箕輪城落城の際、、大将ナガノナリモリ(19歳)が自害したが、
武田信玄は彼の亡骸を丁重には扱わず、しかし後日ある僧侶が弔ったとされる。
その僧侶の名前が「法如」か「如法」かを確認したい。(2006年8月・後日回答)
A:箕輪城と長野氏の話である。
ナガノナリモリは長野業盛である。(落城については永祿六年あるいは九年との説)
「長野氏興廃史」(長野業盛公墓碣保存会)「上州治乱記」(歴史図書社)などこを確認、
(このあたりの話は「上州治乱記」が元のようである)に「法如といへる〜葬る。」という記述あり。
「群馬県史料集 3 戦記篇1」(群馬県文化事業振興会 1966年)に箕輪軍記を法如が書いたという説の記述があり。
Q:星野宣という彫刻家について知りたい。群馬県に関わる彫刻家のようである。(2006年9月・後日回答)
A:当館所蔵の美術年鑑等を見てみたが記載がない。
藤岡市立図書館所蔵の「日本美術家事典 1990年版」(オーアンドエムリミテッド、1889年)に掲載あり。
星野 宣(ほしの せん):「群馬県生まれ。旧東京美術学校を卒業。日展では特選2回受賞〜」など経歴あり。評価額も記載されている。
「群馬近代美術館所蔵品目録 洋画・版画・彫刻・工芸 1993」p.189にブロンズ像「黎」掲載。
また群馬近代美術館に連絡、「上州文化」1992年5月号に星野宣についての記事があることを教えていただく。
「群馬の美術家20 星野宣」という記事であった。上記資料を利用者に提供。
Q:内村鑑三の「上州人」という漢詩の解説が読みたい。(2007年3月・当日回答)
A:「内村鑑三」(鈴木範久著 岩波書店 1984年)
「群馬のキリスト教」(丸山知良著 みやま文庫 1992年)
上記2冊は漢詩の意味と解説あり。下記は解説のみ、3行程度の短文。
「内村鑑三とその時代」(鈴木範久著 日本基督教団出版局 1975年)
Q:新井領一郎について。群馬の生糸の輸出に関わりのあった人らしい。(2008年8月・後日回答)
A:「群馬県人名大事典」(上毛新聞社 1982年)に略歴が掲載されている。
新井領一郎の兄が星野長太郎であり、
星野長太郎で調べると「生糸直輸出奨励法の研究」「生糸直輸出奨励法の研究・補論」(富沢一弘著 日本経済評論社2002,2006年)がある。
ほかに養蚕関係の資料で主だったものとしては「みやま文庫101群馬の生糸」「近代群馬の民衆思想」「群馬県蚕糸業史 上巻・下巻」がある。
「日米生糸貿易史料 第1巻(史料編)」が星野・新井家文書である。(第2巻以降は版元解散のため未刊)
後日「上州風 vol.29」に「国際ビジネスマンの先駆け 新井領一郎」という特集が組まれているのを発見。6頁にその生涯がまとまっている。
新井領一郎の孫娘の春子は駐日大使を務めたライシャワー夫人である。
その参考文献に「黒保根村誌」(黒保根村誌刊行委員会)、ハル・松方・ライシャワー著「絹と武士」(文藝春秋)、
高崎経済大学附属産業研究所編・飯岡秀夫著「近代群馬の民衆思想・経世済民の系譜」(日本経済評論社)、「群馬の生糸」(みやま文庫)があげられている。
Q:田村栄太郎という人物で、大正14年から15年にかけて関西の聖光社(セイコウシャ)で児童書の出版にかかわっていた人物がいるが、
高崎出身の田村栄太郎と同一人物か。(2008年11月・後日回答)
A:質問者によると、大阪府立国際児童文学館の蔵書で質問にあるような資料があるそうで、
その方について調べていたところ、高崎出身の歴史研究者である田村栄太郎に行きついたとのこと。
同一人物かを確認するために経歴の調査をした。
高崎出身の歴史学者の田村栄太郎の経歴:
1923(大正12)年 群馬共産党事件で検挙
1924(大正13)年 上記の事件により禁固刑を言い渡されて半年ほど入牢(入った日にちは不明)。.
1925(大正14)年 月日は不明だが出獄。この事件をきっかけに歴史研究に進んだとの説もあり。
1928(昭和3)年 群馬県議会選に出馬し落選。これにより、おそらく群馬県内にはいたことと思われる。
1930(昭和5)年 上京(昭和4年説もあり)。以後は群馬に戻らずに亡くなり、墓は秩父にある。
以上、人物事典や本人の伝記や著作等いろいろあたったが、聖光社や児童書に関する記述は見つけられなかった。
田村栄太郎に関するどの資料にも、1930(S5)年の上京については書かれており、それまでは高崎にいたと思われるうえ、
この方の著作や研究の傾向として農民闘争や任侠・交通史などがあげられるので、
児童書出版とはかけ離れているように思える。
上記の略歴を質問者にお伝えし、聖光社に関する記述は見つけられなかったこと、著作や研究傾向をお伝えし、
確実な根拠はないがおそらく別人ではないかと思われる旨お話した。
群馬新百科事典/上毛新聞社/2008
田村栄太郎/リブロポート/1987 ほか
Q:「エントウブンスイ」について。小学生が地元について調べたいらしい。(来館は成人女性)(2004年9月・当日回答)
A:「ブンスイ→分水」でないかと想定、高崎市水道誌をあたるが記述なし。
長野堰関連ではないかと推測し、「長野堰をたどる」(グラフたかさき23号、1994年12月1日号の抜粋)をあたると、記述があった。
江木町の「円筒分水場」だった。
円筒分水場の写真及び解説ものっており、わかりやすい文章であり、実際の利用者がおそらく小学生であることからこの資料を提供。
また、城東小学校の小学生が郷土学習した結果をまとめた「「わたしたちの城東」にも記述がある。
Q:カルシウムのとれるデザートの本をみたい。小学生とその母親からの質問。(2005年10月・当日回答)
A:カルシウムを多く取るための食事について書かれた児童書はあるが、デザートについての記述はない。
大人向けの本の医学の書架を直接捜す。
題名に「カルシウム」が入っている食事療法の本、「骨粗鬆症」のひとの食事療法の本にデザートに関する章がいくつかあり、それを提供。
Q:種のできない植物の子孫の残し方について(2005年11月・当日回答)
A:質問者は小学生であるので、児童書から回答する。
「学研ハイベスト教科事典/生物と環境」(学研 2001年)
226p「植物の増え方」花の咲かない、種のできないものの増え方
「ビジュアル博物館J植物」(同朋社出版 1990年)
32p 種でない方法で増えるもの(球根など)
「しょくぶつ:フレーベル館の図鑑ナチュラ2」(フレーベル館 2004年)
120p 種も作れるけれど、種以外でも増える方法
上記資料を提供。
Q:中世ヨーロッパの城のなかの様子がわかる本。できれば子供向けがよい。(2006年4月・当日回答)
A:「ヨーロッパの城−輪切り図鑑」(S・ビースティ画 岩波書店1994年)。城のなかの描写が詳しい。
「中世の城日誌」(リチャード・プラット文 岩波書店 2003)。当時の服装なども細かく描写してある。
両方とも大型サイズの児童書(絵本)である。
Q:島崎藤村の「初恋」の解説付きのものが読みたい。小学校高学年でわかるものを。(2008年2月・当日回答)
A:島崎藤村の「初恋」は「まだあげ初めし前髪の…」で始まる詩。
児童向け詩集のなかに収録されているかはデータでは確認できなかったが、島崎藤村の代表作のひとつであるので児童書の藤村詩集を見てゆく。
「藤村詩集・嵐」(島崎藤村著 金の星社 1983年)に「初恋」所収。解説が付されているのでこれを提供。
Q:「上毛国寺院明細帳/4」(群馬県文化事業振興会 発行)に掲載されている常安寺の由緒にある『徃古當村』とはどこか。(2004年9月)
A:群馬・長野・新潟・岐阜あたりとのことだったので、「角川日本地名大辞典」(角川出版社)の各県と「消えた市町村名辞典」(東京堂出版)、
「市町村名変遷辞典」(東京堂出版)などを見てもなし。インターネットで「往古当村」何件かヒットするもバラバラの場所。
結局、後日利用者から「昔のこの村(往古、当村)という意味でした」と連絡をいただいた。固有名詞と思い込んだことが敗因でした。
Q:歴史民俗資料館(旧群南村役場)の竣工・落成式・設計者などについて知りたい。昭和32年の話らしい。(2005年6月)
A:旧群南村(S31〜S40)は滝川・岩鼻・京ヶ島が合併。旧村史には記述なし。
「角川日本地名大辞典 群馬県」には、京ヶ島役場を使用→S33に上滝に新築移転、とあり。
(「新編高崎市史 通史編 4巻」群南村役場の開庁式は旧京ヶ島役場、とあり。)
「新編高崎市史 資料編 11巻」群南村合併の協定書はあり。
「群馬県市町村合併史」新庁舎について記述なし。
所蔵の「群南村村議会会議案綴S33〜S35」には、庁舎建設の起債についての記述あり。
朝日新聞群馬版
S32年2〜12月
記述なし(1月分は欠落のため、上毛新聞で確認。記述なし)
S33年1〜12月
記述なし
歴史民俗資料館には建築当時の資料は一切ないとのこと。回答できず。
田村栄太郎著「江戸時代の交通」(雄山閣、1970年)p.47に「高崎田町覚帳」について記載があるが、
この「高崎田町覚帳」の所蔵と所在の確認。(2005年10月)
A:田村栄太郎は高崎市出身の歴史学者である。
中島文庫・和漢古書・俳山亭・大河内家等
当館所蔵の文書目録を見るが該当なし。
市史編纂室にも確認、所在確認できず。文書館には、質問館が問い合わせ済み。
文書館でも不明とのこと。
「新編高崎市史資料編 7」田町の問屋年寄を勤めた大谷家文書について記載あり。
「高崎市史 3巻」(昭和43年出版)収録「高崎寿奈子」「高崎志」「更正高崎旧事記」に記載なし。
伝馬宿関連・高崎宿の書上帳のようすであるが、所在・詳細は不明であった。
Q:下小塙町のとある敷地内にある行人さま(通称/一本松の行人さま)の石碑について由来を知りたい。
20年ほど前に何かに紹介された覚えがあるが、書籍ではなかった
伝説としては、お坊さんが生きたまま埋葬されたことの石碑・墓石。
江戸時代より前か?50cmくらいの自然石で字が書いてあるようだが読めない、とのこと。(2006年3月)
A:いわゆる行人塚のことらしい。
「新編高崎市史資料編13/近世石造物」など確認したが、高崎市史には記述はない。
「高崎市の石造物/旧市街及近郊地域近世篇」164pに
『下小塙1425悠学荘前/馬頭観音(像)塔/馬頭観音(合掌)立像』として大きさまで載っていたが、
利用者に確認したところ、違うとのことだった。
伝説として地域に伝わっているとのことなので、「高崎の名所と伝説」「上州の史話と伝説」なども確認したが、記述なし。
残念ながら、見つからなかった。
A:藤塚町にある「射水神」の作成者らしいとのこと。ネットではヒットせず。
「高崎市史」を見るが碑については載っていなかった。
水害の後に作られた碑のようなので、「群馬県気象災害史」を見るが、参考になる記述なし。
「高崎市西部の石造物 近世編」に碑の文面及び寄贈者の氏名は載っていたが、「高雲濤敬」
という人物名は載っておらず。見つけられなかった。
Q:江戸〜明治の頃の碓井郡水汲村(みずくみむら)あさひがおか という場所は現在のどこにあたるのか。(2006年4月)
A:「碓井郡志」(大正12年の復刻版)をあたる。
水汲村−該当なし。
水沼村であれば、烏淵村(うぶちむら)→現在の倉渕にあり。あさひがおかに該当する記述なし。
「消えた市町村名辞典」(東京堂出版)→記述なし
「全国市町村検索辞典」(原書房)→水汲村は長野県松本市のみ。
「市町村変遷系統図総覧」(原書房)→ 同上
「松井田町誌」S60→記述なし
「角川日本地名大辞典 群馬県」→水沼村についての記述あり。
あさひがおか→県内では前橋の町名のみ。
上記の状況を質問者に伝え、ご了承いただく。
(「水汲村」は本で読んで知ったとのこと。古文書類を本に起こしたときの水汲→水沼の誤解読か?)
Q:明治時代、高崎市内で学校用品(教科書等含)を卸していた商店名・住所等が知りたい。
当時の広告などもあれば見たい。(2006年8月)
A:大正11年度の「高崎商工人名録」を当たるも、学校用品という区分けはなし。
文房具・書籍関係の商店名が記載された資料を提供。
しかし、そのどの商店が学校に卸していたのかは、不明。
広告に関しては、「新聞広告集」「坂東日報」などをあたるも、該当するものはなし。
後日「図説 高崎の歴史」(石原征明著 あかぎ出版 1988年)に「高崎生まれの県版教科書」の項を発見。
「前橋・高崎には、古くから書店があり〜『上野国地誌概略』を誠之堂(前橋)、
『上野国地誌略』を崇文堂竹内輝吉(高崎・本町)、
『尋常小学習字本』を吉田鉄三郎(高崎・田町)が刊行〜」との記述あり。
Q:映画「L’impronta dell’angelo」の原作の題名を知りたい。ナンシー・ヒューストン作で母と娘の実話である。(2008年10月)
A:当館ではナンシー・ヒューストンの3作品を所蔵していた。しかし、この3冊ではないとのこと。
インターネットで調べると、ナンシー・ヒューストンはカナダ出身の作家で映画の脚本なども書いている。
映画「Set Me Free」(原題Emporte moi)の脚本を書いていることしかわからなかった。
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